弐つの遊戯卓

【五年目】 毎日頑張ってやりくりしていきてます。物書き、音ゲーと合唱やってます。最近DTMとか始めました

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(でけえ)

期末が一段落したので、一曲作りました。(でけえ)



(でけえ)
白いハエ。
ピアノを適当に弾き鳴らして、ああ~これいいな~ってフレーズで作りました……が、構成がとんでもなくぐちゃぐちゃになって、これでも綺麗に均したしたほうです。そもそも何故か自然とふっと出たメロディが6/8ってどういうこっちゃ。仕方なくそう打ち込んだらBPM195の三拍子になった。三拍子好きだけど、つくるのすごいむずかしいです。とちゅうのSAWがぶった切ってくるところはお気に入りですけど、ピアノ・ソロは相変わらずへたくそだったです。

DTMやりたいな~って思ったのは、去年の八月くらいだった気がする。
コンサートに乗ってリハーサルの最中に、ああ~、こんなふうな音楽作ってみたいなあ……とか思ったのが始まりです。
実行に移したのが10月とかそのへんだったけど、今ではいい趣味になったと思ってます。
人生の半分くらい音楽やって、耳が肥えたせいもあって、うまい演奏くらいしか感銘することができなくなってきましたが、その裏返しで、電子音楽のプログラムされた絶対の旋律に取り行ってしまったようだ……

そのうち音源とか買いたいとか思ってるけど、とうぶんフリーでやりそうだのん。

夏だ!
基礎教養だと思ってラブライブみてますが、これすげえなあって思ってます。伊勢物語か、って思いながら見てます。ちなみに、これからインスピを受けて上の曲を作ったわけですが、西木野真姫は半端ねえって思いながら見てるわけです。ピアノできねえ。
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  1. 2014/07/26(土) 00:17:16|
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ヒーッ!
期末がようやくなんとかこうにかなったので、もう終わった気分でいますが残り4つあります。でもまあ、大変、というわけではないのでもう終わったもの同然でしょう。って油断してると火傷しそうだけど……。
レポート腐るほど書いてて思ったけど、自分、直感的にぽっと言葉を出してから、それをあとで繋げる風な文章の書き方をするので、かなり倒置法を使うことが多い。感覚的に書いていくから、構成的にごちゃごちゃしやすい。見直し、超大事ですね。

はがないは最新巻まで読みましたが、よかった、ちゃんと終わるんだ……って感じです。「叫ぶように祈るように」書いたってあとがきで言ってますけど、確かにそのとおりだなあ、って思います。登場人物が主義主張を叫ぶ時って、だいたい作者泣いてたりするのよね。──たぶん。
なんか、席順を地の文で説明しないで図で説明したってことで批判されてたみたいだけど、君らホントに本を読まないのか…………って感じになりますね。まあ本を読めない人のためのライトノベルだったりするから、まあ、なんとも言えないけど(本を読めない人ってほんとに存在する…)、それが傲慢に繋がるのはちょっとなあ。傲慢という言い方が合ってるか知らんが、「金が無いんだからしょうがないだろ! 金持てあましてる奴は俺にちょっとは金くれてもいいだろ!」とか思っちゃう貧乏人みたいなもん、ってことです(わたしだ)。

で、明日演習発表をして、テストをして、ほんまもんの一区切り……なので、もう昂りまくって却って低迷している創作活動を着手したいと思います、いや、まじまじ。
っていうか、8月〆切の賞に応募しようと思ったんですけど、8月がもう頭おかしくなるんじゃないか…こんな夏休みは間違ってるってレベルで忙しそうなので、〆切間に合うか不明……いや間に合わせたい。頑張りたい。

ねむいので閉店。
  1. 2014/07/23(水) 22:28:49|
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え、お前誰?

躁鬱ってありますよね。躁の時、すげえ活気があるけど、鬱のときはどーーん、となる。実際、細かい注釈が必要なんだろうけど、面倒なので飛ばします。
昔の作家とかも、夏目漱石とか宮沢賢治とか、あったみたいですね。「文字が立ち上がってきて『書いてくれ』と懇願してくる……」。
自分の場合、躁と鬱の時期が極端にあるみたいです。三ヶ月から、半年、或いは一年間。
鬱のときは、もう『創作』をしようという意志が存在しないような感じなんですが、躁の時はもう大変ですね。『まだ見ぬ王子様に恋い焦がれている』状態です。端的に言えば、キャラが語りかけてくる。はやくしろ、って急かしてくるわけですね。まあ、大概の場合はヒロイン。
「どこからその着想があるの」って聞かれることがあって、「気づいたらある」とか答えてますが、書こうとして着想があるのではなく、着想から書きたいという意欲が湧くのです。キャラがドアをノックしてくるわけですから。そんでもって、ほっとくと帰ります。だから、必死で書きたいというのです。それでさっき、自分で出した比喩を持ってこようと思いましたが、『王子様』ってなんやねん。お前誰や。お帰りください。

で、この誰やねん、って感覚ですが。
いま、レポートの資料を必死で読んでる最中なんですが、その中にあった、とある小説家(名前出したらふつうにエゴサされそうで怖いので伏せます)の小説の書き方には、すごい勢いで同意しまいました。
それは、なにも考えずに、言葉のままに書く……ということ。言葉に導かれるままに書くということ。言葉に隷属すること……。
で、だから突然作者の意図しない新しい登場人物が出てくるんですね。当然、「誰や、お前」ってなる。いやいや、お前が作ったんだろ、いや、俺は知らん……なんか出てきた、ママーこの人誰……?
そりゃ、行き当たりばったりで書いてればこういうことが起きるのは当然だと思います(そのうち「誰だお前!」っていうのも起こらなくなるんだろうな。やあ、君が新入りかい?みたいな人事課みたいな心境になるんだろう)。
でも俺の場合、プロットを作ってから書く人なので、そういうことはない……!
と、思っていても、毎回必ず有ります。
例えば「紅蓮、蒼白、立ち返りて晦冥」では、生徒会長が突然出てきました。「は??」って思ってたら、なんかめちゃくちゃなことして帰って行きました。ちょっとまって、確かに生徒会があるって設定はあるけどさ、ええ~ちょっとまってよーー!
生徒会長のプロフィールを作ったのは、作品が完結してからです。ふわふわと漂っていました。まるで野盗ですね。お陰様で一万字くらい増えましたが、でもただでさえ文芸作品みたいにとろとろとした日常が、引き締まった感じがします。

キャラがドアをノックしてくる。そして、彼/彼女の言葉のままに物語を紡ぐ。
そんな原初的な創作をしていたのは、自分の場合、もう初期の初期でしかない。大量の廃品みたいな、習作にも満ちていないような駄文の中に、それがあります。中3の夏をかけて書いた自分の個人的に初めて書き上げた長編小説(ロマン)……それは、コメディですけど、無プロット、言葉に導かれるままに、自分だけがゲラゲラと笑いながら書いていました。自分が楽しむためだけのコメディですね。いまもこのブログに保管されていますが、あそこには14歳の自分の時間が封入されているわけです。題名は忘れましたが、いまでも参照できます。って、それ、6年前じゃないか……。
しかしまあ、あの頃書いてたもののほうが評判が良かったような気がしないでもないです。現段階では草稿とはいえ、一応頑張って完結させた「紅蓮、蒼白、立ち返りて晦冥」は2000PVだったのに対して、自分がやりたいように、キャラに導かれるままに半分だけ書いた「明日も明日で暴風雨」というラブコメディは110000PV。

物語(自分はもう今後あんまり自分の書くものを小説、と呼ぶのはやめようと思います)、というものはよくわかりません……でも、自分はプロットを作ることを止めない。プロットが最後まであるということは、その物語が終わるということです。物語の終わりはキャラクターの死である? そんなことはないです。むしろ、初めてここでキャラクターは解放される。どんな形かはわかりませんが、実存になるわけです。物語が途中で止まっている状態こそ、キャラクターの静止であって、擬似的な死だと思います。生きているのか、死んでいるのか分からない、行方不明な状態。シュレディンガーのなんとか的な感じですかねェ(作者にとってそうではないにしろ)。

まあ、この文量を見ていただければ分かる通り、かなり躁状態です。
今日も講義中に部屋を飛び出して、家に帰ってメモ帳に創作物の続きをしたい激情に何度も駆られました。しかしいまは試験期間……お前はレポートを書くんだよ……!
サークルが長かったので、かなり切羽詰まってます。図書館で5冊いっぺんに本を借りたの初めてです。一日で本を二冊読み終えたの初めてです(これから三冊目)。
試験終わったら即!ものづくり!! ビバ!青春の無駄足!
  1. 2014/07/18(金) 00:18:52|
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はがないを読み進めていって、すごいびっくりしたんですが、「前は好きだったんだけどな…」って意見が多いから、巻数が進むにつれてグダグダしてくるのかと思いきや、徐々に正統派なラノベ、頭空っぽに書かれたわけではないものだということがわかってきました。これはもう、貸してくれた後輩に感謝するしかないのですが、しかしそういう意見を言う人がいるっていうことが、なかなか創作者(を目指す身)としてはとにかくぐっと来るものがありますね。もう確実に顔をしかめるであろう人が居るのを分かっていながらの、悪ノリの限界を突き詰めたギャグのみで構成された「ポルノ的」なものに埋没していて、そこにいる誰もが目を覆って逸らしてきたはずのものが、唐突にスポットライトの下に躍り出てきている。あとがきで、唐突に「書きやすいと思っていたら、ぜんぜんそんなことなかった」と言っていたのは、それは当たり前のことだったんだと思いました。これを退化と見るとは……なんかもう……、もうッ!って感じですね。
俺が暇だったので部室で大江健三郎を読んでいたら、「それ面白い?」と訊ねられたことがあったんですけど、そういうことではないだろう、と思います。面白いか、面白く無いか……興味の領域がそれだけしかないと、こちらの言葉もほとんど素通りしてしまうだろうと思って、「ねむい」と答えました。
なんだがとてもアレなんですけど、こういうのを読んでいるとみんな「ああ、課題とかのために読んでいるんだろうなあ」って思うみたいです。いやまあ、それは事実なんですけどもそれだけじゃない。俺が宮沢賢治を選ばないで、大江健三郎を選んだのはつまり「面白い」か「面白くない」か、という二元的な枠を明らかに越してます。ま、越してなにを得ているの?と問われたら答えられないんですが……、少なくとも、これに同意してくれるのは同じ学部の人だけですね。みんな自分の勉強に忙しいのでしょう。

政治的な思想を垂れ流している人を見ると、漏れ無く「地雷」レッテルを貼る人がいるみたいですね。もう完全に思考停止していて、こちらとしてもとても辛いのですけど、なんでああいうのを見て気分を害するのか正直わからないです……高校生ならまだしも、大学生になってそれは……。
それと関連して、~~だから○○だ、っていうレッテル、本当にクソだと思います。一人称が自分の名前の女子は……、みたいにいう人がいますけど、いい人がいるのを知ってます。それはまあ、地雷な人も居るんでしょうけど、ちゃんとしたスーツを来て知的なメガネをかけて優しい声音で話す人が地雷だってこともありますよね。逆だってある。ん、これははがないの中に出てくるテーマでもありますね……最近完成させていま必死で斧正している俺の小説ぐそたちにもちょっぴり入ってます。
それよりも、自分は「いかにもみんなから慕われてそうな女子高生」が、とても頭の軽い会話をしている方が近寄りがたく思います。顔が良くても頭の中がカラだと……、しかし、「女子は顔で選べ、中身が変わっても顔は変わらない」なんていうラノベキャラもいるようなので、ちょっと訂正しましょう。政治思想云々にも通じると思いますが、村上春樹めいて言ってしまえば「自分の頭でものを考えていない人間」がダメすぎてダメダメですね。先輩にそういう人たちのことを「頭悪い」と括ってしまってますが、俺は「頭が悪い」ことが悪いことだと思わない。スラムダンクの桜木花道が悪いか、って話ですね。

こうやって、長々と書くと「怖っ」って思われるかもしれないですね……、俺も授業のシラバスを見て、長々と書かれた文章を読むとビビってしまうことが多いんですけど、でも実際の人柄とはあんま関わりませんよね。あんな関西弁で軽快なギャグを飛ばすおっちゃんが、こんなかたーい文章を書くとは……と愕然としたことが有ります。
なので、ネットもリアルだ、という意見にはやはり首を傾げざるを得ない。なぜなら、文章でのみ成り立っているコミュニティーだし、文章は実際、勝手にその人をはなれてどこかへ行くことが往々にしてある。普段は見せないけど、ネットだと変な人~、っていうのはザラにあることですね。それは人格が別になっている、というわけではなく、ただその生きるフィールドが違うだけ。リアルが陸地ならば、ネットは海。海でなら縦横無尽に動き回れる──、なんて、考えるわけです。無論、海だから、情報伝達の仕方も陸地と異なるわけですしね。海では無敵であっても、水揚げされたら可愛らしい魚だったりすることもあるわけですね……。

あ……長々と書いてしまった。
最後に……なんだか最近ネットというものは、誰もがするもの=リアルとさして変わらない、みたいな風潮が大いにありますね。
でも本来、ネットというものはパソコンを持ってる人だけが限定的に行っていたことであって、そこでのみに通用する規範みたいなものがあった。ゼロ年代中頃、俺が始めたのはWindowsXPが出たばかりのころですが、その頃は本名を出したら、個人情報を出したら悪い大人が調べあげて住所を晒され変な人が来る……みたいなちょっとしたアングラな場所だった感じがします。でも、いまは当たり前のように本名を出し、顔写真を晒し、リアルの延長線上のように扱われている。
これは明らかな懐古ですけど、この感覚を共有出来る人は、今後の世代から現れないのだと思うと少しさびしいですね。別に、こういうネットも悪くないんですが……。
はがないからここまで話がつながるとは、びっくりしました。

よし、寝よう!
  1. 2014/07/16(水) 15:45:28|
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変態、というものの定義は「あることを本来の目的に外れた用途で使うこと」。
そうして考えると、普段の意思疎通のためだけに使う言語を文字化して書き付けて保存して、それを読むことができるようにしたっていうのは、かなり変態的な行為なんじゃないかと思います。でもまあ、そりゃそうか、変態してるんだもな……。
世の中には、まあ、そりゃそうか……って思うこといっぱいあるし、いちいち書いてたらしょうがないけれども、それを誰かと共有したいっていうことがあるんですねえ。でも、大人になってくると、「そんなことも分からなかったのか……」って思われる風になってくる。それが、なんかつらいですね。見ていて……、あ、ちょっと愚痴っぽくなった。でも、このブログも探せばいっぱいありますよ。そういうところ。(こうしてブーメラン形式にすることでアレな面を緩和できる)。

なにかを表現するって、それ自体変態的な行為で、変態になるのって大変なんですよ。なにが変態って、それはだって表現って根本はなにか別の用途のものを使って何かを伝えるってことだからなあ。そして、なにが大変って、物事の価値を倒錯させなくちゃいけないんだから。でも、いまの世の中で価値を倒錯させたら大変ですよね……金の価値が倒錯したら、社会崩壊しますよね……。
だからこそ、表現の中のある種の虚構の中、そんでもってそれは人の想像力といっていいのかも知れない領域に、その倒錯を打ち立てなければいけない。んもう、言葉にするとこんがらがってきましたが(この辺り自分の考えを一つの体系にした昔の哲学者という存在は変態としか言い様がない)……、ま、それは大変なんですね……一度でも何かを表現しようとして創作をした人ならわかると思いますが。
表現したいものが作れない、作っても伝わらないかもしれない、こういうものが作りたいんだ自分は……というプロセスはとにかくつらい。バカなんじゃないかって思うほどつらい。
でも、成就したら、きもちいぃぃぃぃぃ!ってなるんです。まあ、俺的にはキボヂエエエエエエエエエエエくらいな感じがしますが、とにかくそんなもん。変態ですわ。別にしなくてもいい創作という表現を敢えてする、興奮する。うむ。

今日はとてもよく変態してきました。
心残りも有りますが(努力したのにままならなかった……)、とにかくとても良かった。うん。あ~、これは気持ちがいい。
あしたから単位集めのたびに出ます。さがさないでください。
  1. 2014/07/14(月) 00:19:46|
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いやまじ時間ねえから生活が一週間続き、家にいる時間の9割9分が睡眠時間にあてられていた日々が、ようやく明日で集結します。明日からは図書館に入り浸って文献探しの日々が始まります。期末ですね。今年はテストが多いので、割とヤバイですね。

http://ncode.syosetu.com/n0778bt/
先日書き終えたこれ↑を反省して思ったのは……あまりにも日常性に特化しすぎたというか、一般的な文芸作品みたいなノリが続くので、たいして部分としては面白く無いんじゃないかと。あくまでエンターテイメントなので、「どこを切ってもおもしろい」ものを目指さないと、インパクト出ないし、どう考えてもこれが売り物になることは無いな……と思いました。
ま、でも基本的なコードはできたので、これにテンションを重ねていく作業ですね。時間的には十分ですから、きっとやる気が出れば、一昔前のあんまりおもしろくないラノベよりは面白くなると思います。

とりあえず、明日の長丁場を耐えぬいて、来週提出のレポートの目処さえつければ、これらにじっくり向き合う時間が生まれると思います。
DTMやりたいから、そっちとの併用になるし、別に改良版がネットに公開されることは無いんですが……まあ、ここで日記的に記していくことにします
  1. 2014/07/12(土) 22:34:48|
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http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/21098.htmlなるものをやっと読み終えました。1962年から2012年までの50年で、一年につき一作品を収録したもの。硬派なSFからほんわかぱっぱなSFまでいっぱい入ってて、単純に50人の作家の作品を読んだことになります。
星新一とかは、もう安定のクオリティでしたけど、他にもいくらか印象に残った人たちを挙げておきたいと思います。

『おれに関する噂 筒井康隆』1972年
ああ~、これこれ!って感じですね。SFならではの、未来の暗示といやつ。つまりSNSによって個人個人が監視されている状態、とりわけ炎上という現象を彷彿とさせますね。
簡単なあらすじを言うと、新聞とかテレビとかラジオとかいうマスコミに、何故か一個人にすぎない「おれ」についての報道が執拗に行われるものです。
ツイッターとかで、例えば誰かにみつかったら「○○さんを新宿でみたw」とか言われちゃうわけだし、誰かと一緒にとった写真を勝手にフェイスブックに上げたりしたら、「ああこの人はこういう人と友達でこういうところに行くんだな」とか分かっちゃうわけ。相互に監視しあってるわけです。スマホもメディアだから、つまりこの小説ほど極端ではないが、でも皆に恒常的に起こっていることではあるんです。本当に俺はこういうSNSの局面が大嫌いで、嫌だな嫌だな、と思いながら過ごしてます。
こんなことを40年前に示唆するような作品があったとは…と驚愕しました。

1974年『名残の雪 眉村卓』
歴史IFの話ですね。
新選組に伊藤なんて人居たっけ??って思いながら読み進めてましたが……最後、ああ~~ってなってあ~~~~~~~~~ってなりました。空洞になっていてよく響く鐘が、こーん、といつまでもその余韻を残しながら、建物を部屋を鼓膜を延々と震わせ続けるような、素晴らしい読了感を得ました。
あとで知ったんですが、眉村卓ってライトノベルの先駆けのようなもの(筒井康隆の時かけ)を書いてたんですね。もりもり興味が出ました。

1978年『ねこひきのオルオラネ 夢枕獏』
夢枕獏って名前しか知らなくて、バイオレンスな作品を描くことで有名らしい?ですが、これはとてもほのぼのしてますね。
で、なんといっても目玉は「ねこひき」の表現。まあ、読めば分かるんですが、にゃんにゃんごろごろぐあーぐあーを、紙面いっぱいにエライ勢いで使ってるわけですね。
ああ~、これはアレだ、よく「最近のライトノベルやべえ」みたいなところで見かける感じのやつだ!っていうやつを想起させますね。バカじゃねえのって思っちゃいますね。そんな試みはこうして何十年前、いやそれよりもずっと前にセルバンテスとかがやってることであって、ちょっと奇抜なことをやった程度で「小説を放棄した」とか考えちゃう人は教養が無さすぎますね。まあ、教養が無いことが悪いことじゃないですけど……。

1987『見果てぬ風 中井紀夫』
ロマンあふれる、あふれまくって泣いちゃいますね。壁に挟まれた世界で、壁の果てを見に行く物語です。
しかも、その動機が「壁のない荒野で風を浴びてみたい」って。なんだか、読んでいる我々も無限に歩き続けられるような心地で読み進めてしまいます。何があるのかわからないのに、何かがあると確信して歩き続けられる。でも、どこかでその歩みは確実に止まってしまう。それはここちの良い場所だったり、誰かからの束縛だったりする。うん、人生みたいだなあ。泣きそうになりました。

2000『嘔吐した宇宙飛行士 田中啓文』
最高。

2004『日本改暦事情 冲方丁』
天地明察の原型になったものです。ぶっちゃけ、天地明察読む暇がない人は、こちらを読めばいいのでは……ってくらいしゅっとまとまった内容。随分コンパクトになっているので、感動はちょっと薄れますけど、その分すっと終わってくれるので読むのは楽です。
こういうのを読むと、歴史の教科書に出てくる人って、一人残らず本当に凄いことをした人なんだなあって、思います。本当に。江戸時代の学者なんかはもちろんそうだけど(本居宣長とかホントヤバイ)、明治以降の文学史に登場する人たち、一人残らずヤバイ。歴史に名を刻むっていうのは、つまりそういうことであって、号泣しながらの記者会見とかは違うってことなんですね(雀の涙ほどの時事要素)。

2007『The Indifference Engine 伊藤計劃』
メタルギア4のノベライズした人らしいです。
戦争文学は結構読んでましたが(戦争と平和は挫折した)、これは近未来の、CODBO2とかその辺の世界観のものですね。無人機で戦争をする時代の話で、民族対立の話です。
ゼマとホアという種族がいて、一応は両種族の政府が存在するがこれは体裁に過ぎず、お互いは超仲が悪くて戦争している。それにアメリカが介入してきてオランダが調停する。すごい皮肉が効いてますが、戦争は終わらない。ゼマはホアを死ぬほど憎んでるし、逆もまた然りである。「戦争終わったよ!」って上から言われたところで、兵士たちの憎しみは終わらない。
で、その民族対立を緩和するためにアメリカはインディファレンスエンジンを用いるわけです。公平化を行う機械。これによって、ゼマとホアという民族はぱっと顔を見て、どちらがどちらか分からなくなってしまう。そういう認識をするよう脳が改造されたわけです。「アメリカ人は見分けがつかないらしいが、見ればすぐ分かる」ホアとゼマの区別がつかなくなる。すると? 相手はホアなのか、ゼマなのか、全く分からない。もし、ホアだったら全力で憎む相手だ、見た目で分からなくなっても、それは変わらない。でも、アメリカ人は見分けがつかなくなること=一緒になることで平和になると信じて疑わない。
「戦争」というものは、別に宣戦布告!とか終戦!とかそういうものの上で行われているわけではないというのがとてもよく分かりますね。1945に日本は敗戦するわけですけど、沖縄はまだ戦争が続いていた、っていうのはよく言われることです。最後に主人公が自分で言い放ちます、「ぼくが戦争である」。憎むべき相手が誰だか分からなくなった以上、もうその矛先は無差別に向くしか無い。
なんともいえない気分でこの物語を読了した後に、『ひめゆりの塔』(初期版)という映画を見たんですけど、あんなイライラする映画久しぶりにみました。先生にひたすら「想像力の無さが浮き彫りに」とディスっていたので、そうだそうだ、ひたすら同調。
戦争を観念から語ると、「なんて可哀想なの! やめようよ戦争!」とかいう、小学生並の感情論になりますね。
でもこの作品は……兵士の内面に寄り添って書かれている。れっきとした当事者なのです。だからその殺人の理由もとても論理的です。「家族を殺された復讐」「憎しみ」。それを覆すのに軽率なことをしては、逆に戦争を拡大することにつながる、と。
……最後だけ、なんだか支離滅裂になりましたなあ。眠いからね。というか、難しすぎます。

まあ、こんなところですかね。
他は、もちろん秀作ぞろいなので、興味あったら読んでみては……。
  1. 2014/07/09(水) 00:41:33|
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「紅蓮、蒼白、立ち返りて晦冥」完結しました。
これの原型となった「マイリビングライセンス」を書き上げたのもこの位の時期……高3のこの時期か。あのクソ忙しい時期に、よく書けたもんだ、と思ったものだけど、今もクソ忙しいからどっこいどっこい。流石にこの日曜日は休みたい、と思ってたけどついにぶっ潰れて(自業自得だけど)、もうブチ切れ待ったなし! ウォウ!

まあ、これはプロットのようなもんで、ここから更にざくざく斧正していくつもりなので。
感想とかくれたらうれしいです。
解説するつもりだったけど、疲れたのでやめます!
明日からもうちょいつまらない日々が始まりますが! まあ、がんばります!
  1. 2014/07/06(日) 22:28:11|
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最終節をアップしました。サブタイトルにメインタイトルを持ってきたのは、思いつかなかったからです。ただまあ、この11ヶ月の営みに決着を着けるために持ってきたのもあります。つーか11ヶ月もかかったのか。すげえ。でも、これほどの時間をかけたからこそ、というのはありますね。きっと、1月とか2月に片をつけてたら、こんな結末にはなっていなかったはずです。まあ、たぶん……ね。

解説は終章をアップした時につけます。
にしても、さいきん忙しすぎです。ちょっと怒りますよ。
  1. 2014/07/04(金) 20:16:45|
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http://ncode.syosetu.com/n0778bt/

更新です。
別に佳境に入って詰まったというわけではなく、単純に時間がなかったんです。これほどに時間がねえ!という実感をしたのは初めてでした。たぶん人生初だと思います。これからは、きっとこんな感じで時間の無さを実感し続けるんでしょうけども、それも生きるためです。忙中有閑といいますけど、果たしてこの身体で実践できるかどうか……。

で、このえら~~~く長い連載期間を経た『紅蓮、蒼白、立ち返りて晦冥』はいちおう、もうラストまで書き終わってます。毎回、この手のものを書き終える時は感動していつも泣いてるんですが、今回は学校のPC室で書いていたので、別になんとも思いませんでした。エアコンの風がが~っと当って鼻水ズルズルで、ここの主人公の心情は……とか考えてて、隣の人がハングル文字でプレゼン資料を作って、逆側の隣の人がギター弾いてみた動画を垂れ流しながら眠っていて、ツイッター上では相変わらず退屈な日常が綴られ続けている。そんな感じでした。
っていうか、前作(ニンギアル)を書き上げた時も泣いてないとか言ってたような気がする。だんだんと耐性がついてくるのかな。その調子で行くと、初習作のリビングライセンスは号泣していることになる。そんなはずは……。

で。
結論を決めたぞ! やったー! みたいな話をずっと前にしたんですが、当たり前ですけど、結論は大分変わりました。
後日手直しした最終部をアップするんですが(学校のPC室はあまりにも文章を作るのに向いていないので(かといって家に帰る時間もなかったので))、今までこのブログでさんざん散らかしてきた解釈を全部俺の都合の良いふうにまとめてあります。都合のいい……とはまあいいますが、それは俺のひとつの解釈です。もう、今まで読んできた本、全てに影響を受けています。たぶん、読めばわかります。あ、これはアレだな~って。まあ、そんな露骨ではないですけど、万が一にアレが研究対象になったら、「この箇所は○○に類似性が認められる……」とかなんとか注釈がつきそうな感じがする。僕はそんなことされたら泣いてしまいます。
ひとつだけ種明かしすれば、最後のアレはハルヒですね。もちろんセカイ系ではないですし、それはあらすじにもきちんと銘打ってあります。世界を変える手続きは、英雄伝説の軌跡シリーズとかやるとその大変さがわかりますからなあ。そういえばハルヒもちゅうしますねえ。いつの間にか最近のラノベはキスをしなくなったのか……(アクセル・ワールドはしてた気がする)。

そういえば、あなたはどの文学を専攻にするの?って訊かれて、ああ~たしかにな~って思って、この二年間はひたすら広く浅くをやってきましたが、そろそろ専門にするものを定める必要がありそうです。とはいえ、きっと戦後文学を選ぶだろうし、というか現代文学気になるし、でもこれって俺の趣味じゃないかい? とか、なんとか……。
で、迷って、うっかりライトノベル、とか答えて場を凍らせたが、あのことは忘れたい。うっかりすぎるでしょ。
  1. 2014/07/02(水) 19:34:15|
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プロフィール

可児 珊士

Author:可児 珊士
大学生。
元音楽(合唱)部員。旧BASS。
ギターが欲しい年頃。
作家志望。
本陣:埼玉
カラオケ行くと声的な意味で別人化。

アイコンは柊氏より頂きましたΣd(゚∀゚d)

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