弐つの遊戯卓

【五年目】 毎日頑張ってやりくりしていきてます。物書き、音ゲーと合唱やってます。最近DTMとか始めました

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09

昨日は就活で某駅に行ったら「アンケートお願いしまーす」と言われた。二回も。そういうわけで、「さっき答えましたよw」って言ったら「あ、ほんと! 顔死んでるけど大丈夫? なんか泣きそう」とかいう文脈不明の心配をされた。
で、今期初ゼミと、健康診断行ってきましたが、最後の問診でやたらと励まされました。そんな死にそうな顔してるのか……とちょっとディープブルー。ディープブルーっていう同じ名前で、のんびりとした深海ドキュメントと、パニック映画との両方あるらしいので注意してくれ、って後輩にめっちゃ言われた。

自分は自発的にいかないせいで店なんか全然知らないので、必然的に色んな人から伝で聞いたり一緒に行ったりするくらい。ラーメンとか日高屋とか後楽園の格安ラーメンに慣れていたので、大学入ったばっかの時はその値段にびっくりしてたけどまあ、慣れっていうのは恐ろしい物で500円ランチとかでやっす! と思えるようになった。
そういうわけで、ラーメンに800円とか出すのに慣れてたわけだけど、ついに行きつけの店が出来てしまった。というのはつまり、一人で勝手に食いてえと思って勝手に食いに行っちゃうくらい好きな店ということです。ちょっとした僻地にあるのに、、つい足が向いてしまう。ネギ嫌いなんですけど、その店はネギからスープまで全部食う。本当にウマいというのはこういうことなのか……、と最近分かりかけてきた。いまさらな話だけれど、ラッキーだと思ってます。なんとなくこれって自分にとって大革命だなあ、と思う。
最近食欲が無くて、特に食べたいものが無かった日々が続いたので、今日唐突にあそこのラーメン食いてえ、ってなったのがちょっと新鮮だったので、書いただけですのでそういうわけで。
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  1. 2015/04/16(木) 22:27:52|
  2. 尋常の日記・雑記
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《自分探しの旅》

別に自己分析というわけじゃないけど、最近、昔書いた記事をよく見まわってます。月別アーカイブのずらっと並んだ年月を適当に選んで、適当に流し読みするだけなんだけど、面白い。
新学期というわけで、俺もようやく昨日学校に初登校したわけなんだけど、最初の授業はたいていがガイダンスだったりオリエンテーションだったりする。そこで曰く、大学の評価の仕方が良くない。人間進歩が大切なのに(中学生並の作文が高校生並になるだけでも、大層な進歩)、学期末で一回では成長が分からない。だから、暇で相対評価してほしくないものは、再来週までにレポートを送ってくれ、と。
いかにも思いつきな提案だったけど、おもしろいなーって思った。
そういうわけで、自分に何かそういう成長があるのかな、って過去の記事を読んでいたわけだけど、当時の自分は読み返すなんて発送は絶対に無く、ひたすらゲームやら音ゲーやら新人賞やら受験やらの話をしている。その文章たるや……ずっと前に、ヘタクソだと言ったけれども、そうじゃなく、単純に進歩していなかっただけ……というか、今の俺が変わってしまっただけに過ぎないんだと気づいた。蝶々が蛹だった頃の自分を見ているような、って言うと今の自分を蝶々だと思ってるみたいで嫌なんですが、その変化のプロセスこそが重要なんであるし、人間的なんであるというワケ。
で、驚くべきことに、中学から高校に入り、ちっとは変わったかと思ったら特に変わること無く、高校から大学へ、受験勉強でちっとは変わったかと思ったら特に変わること無い。なんだかいつまでも中学生に毛が生えたような文章ばっか書いてるな(今が生真面目過ぎるきらいはあるが)、と思ったら、ある一点でドーンと変わった。2014年の8月と9月を境に、お前本当に同じ人間か? と思えるくらい劇的な変化があった……ように思う。その時に何があったかはアーカイブを見てもらえれば分かる。
でも、別にそれは単純に変わってしまう契機が重なっただけであって、その成長めいたものに消費されたエネルギーは、前々からきちんと蓄積されていたようだった。2013年後半から、いきなり読書癖が頭をもたげてくる。文学部のくせに一冊も読んでこなかった村上春樹を唐突に読み始め、大して読書慣れもしてないのにカラマゾフの兄弟を一ヶ月かけて読破して、図書館にもたくさん通うようになる。スマホのゲームとかソシャゲも全部やめて、移動中は本を読む、つまらない授業中も本を読む、家でも本を読む……という風にしていた。
そういうわけで、何かエネルギーが溜まっていたんだろうな、と。
それがとんでもない刺激によって吹き出して、……まあこうなった、と。
かといって、自分はちっとも変わってないとは思う。だって、高校卒業以来会ってなかった友達も普通に俺って認識してくれたし。まあ、あるべき姿になったよね。体重増えたことも含めて。
これからも永遠に進歩し続けなくちゃいけないと考えると、それはそれで辛さもあるけど、それはそれでそういうもんだ。
  1. 2015/04/11(土) 12:20:15|
  2. 尋常の日記・雑記
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拠点

俺は共感能力も感情移入も希薄です。何故なら経験がないから。
自分自身の出自を自分で決められないという暴力性のもとで、本当に幸いにも俺はある程度の裕福さに生きてきた。極端にいじめられることもなく、良い友人たちを持ち、良い組織に所属し、良い学歴を得ている。
よって、ネットに溢れる卑屈さに対する感情移入も共感もなにもない。持つもの持たざるものという区分けで言ってしまえば、俺は持つものですから。正直に言って。
例えば高校で適当に過ごしてれば彼女ができると信じてたらできなかった、というエピソードのうちで憤慨しているとしたら、俺は共感ができない。ふぅん、というわけだ。色んな人の愚痴も大概、ふぅん、となる。友達が入院した、といってもふぅん、となる……。
端的に言って、俺は他人と自分を遠ざけている。というか、自分というスペースを異常に作っている。軽い発達障害なんじゃないかと思えるくらいに。そういうわけだから、俺は全く人を信用することが出来ない。深い場所からしか出発することが出来ない。

だから、俺は共感やら感情移入への不感についての心配していない。する必要はない、と思う。よく色んな物語についている「キャラに感情移入できない」というのは不当な評価ですらあると思う。ミステリがこれだけ発展してきたのだから、犯人役に感情移入できる作品はあると思う。で、仮にあなたが犯人に感情移入できるのであれば、即ち殺人は犯して良いということになるでしょ。これは短絡的な思考ではないと思う。例えば親しい人を殺されて、その殺した人間が自分が感情移入したミステリの犯人と全く同じ境遇、心情、動機を仮に持っていたとしたら、あなたはその人に同情して罪を許すんですね、という風になる。私だってきっとそうしただろうから、と。
でもこんなこと言ったら、理性的な人なら誰だって、そうじゃない、と言うでしょう。そう、だから、そうじゃない。これは解釈の問題とかいうしょ~もない問題ではなく、もっと根本的な問題です。
というわけなので、感情移入など問題ではない。

sympathyは共感という意味だけど、empathyというのも共感と訳される……らしい。
【empathy】
[また an empathy] 【心理】 共感,感情移入 〔with,for〕《他人または他の対象の中に自分の感情を移し入れること》.
いろいろググってみたけど、この二つの語の違いについての詳しい解説はない。(ので、誰か参考文献かなにかご存知でしたら教えて下さい……)
同じく共感と訳すのであれば、Sympathyは閉じている、Empathyは開いていると俺は考えています。閉じた共感、開いた共感。ここでいう想像力の問題は、全て後者にのみかかっていると思う。閉じた共感なら、誰でもできる。全て自分の周りにあるもので完結できるから。
開いた共感というのは、まぁ、要するに立場が違う相手にも自分の感情を挿入できるということ。そして、これが軸にあって初めて、表現するということ、ものを読むということが実現される、と信じる。この場合でいうと、キャラクターは手段であり、彼女ら彼らの行動は真実。そこに整合性がある必要は何もなく、そこに映し出される現象が即ち世界になる。すごい近代的な言い方をすると、内面の世界。内面なんてとっくに死語になってると思ってるから、言い換えると……まあ自分の世界とかいう陳腐な表現になってしまうなあ。

だから、「感情移入ができない」というのは字面そのままの意味では決して無い。本当に「感情移入(empathy)」ができなくて、そう言っているんだとしたら、その態度で見ることの出来る世界は自分の手の届く範囲にしかない。
……でも、自分の手の届く範囲を、人は越えていけるのか? 
その範囲を乗り越えることが、本当の創造だとしたら、それはとんでもなく恐ろしいことなんじゃないか……
その恐怖に比べたら、「感情移入(sympathy)」というのは本当に落ち着く場所であることに違いはないです。
そういうわけで、共感も感情移入も希薄と明言してしまった俺に、避難所はとっても少ないことになりますね。でも、日常が避難所であるよりはずっと良いんじゃないかと思う。「私って何?」と群衆の一人ひとりに訊ねて歩くよりは、よっぽど……。
  1. 2015/04/04(土) 15:55:02|
  2. 尋常の日記・雑記
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プロフィール

可児 珊士

Author:可児 珊士
大学生。
元音楽(合唱)部員。旧BASS。
ギターが欲しい年頃。
作家志望。
本陣:埼玉
カラオケ行くと声的な意味で別人化。

アイコンは柊氏より頂きましたΣd(゚∀゚d)

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