弐つの遊戯卓

【五年目】 毎日頑張ってやりくりしていきてます。物書き、音ゲーと合唱やってます。最近DTMとか始めました

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【小説】嘘と恋のデジタル数値 5(1)

「あ、そうそう。ファインダーにこれつけてね」
 来楽奈は思い出したようにそう言って、彼の方へバンドのようなものを放り投げた。落っこちそうになるのを、彼はなんとかキャッチする。
「な、なんだよこれ」
「腕時計みたいに、そのバンドでファインダーを手首のところに持ってきて。それ握りながらトランプするのはやりにくいでしょ?」
 言われた通り、バンドをファインダーにとりつけ、手に通した。ゴムがキツイのかぴっちりと手首に張り付き、圧迫される。
「……こっちの方がやりにくい気がするがな……」
 彼がぼやくと、彼女は自分もファインダーを手首につけながら言った。
「片手がふさがってる方がよっぽどやりにくいわ。それに試合でもこれでやるから、早めに慣れておいた方が良いしね。その位置でも十分、数値は出るから。──じゃあ、始めましょ。賭金はこれを、ひとり五十枚ね」
 来楽奈はプラスチック製のメダルを彼の方に置いた。
「……賭けるのか」
「当たり前でしょ。ベットとかレイズとか手順があるけど簡略化して、手札が確定した時点で互いが賭けたい額を言って、高い方の額をお互いが出して、勝ったほうが相手の賭金を頂くって方式でいいわね?」
「おう」
「それじゃあ、三回勝負でいきましょう」
(凄いノリノリだな。……そんなに嘘を吐くのが好きなのか?)
 彼は来楽奈の顔をちらちらと見ながら思った。職員室からこの部室に戻ってから、特に機嫌がいい気がする。嘘の吐き合い、腹の探り合いを心底から楽しみにしているような、そんな様子だ。
「どうせイカサマなんてしないでしょ? 各自で五枚取りましょう」
 来楽奈の言うとおり、彼は五枚、山から引いた。彼に続いて彼女が五枚引いた。
(ノーペア……。──でも四枚ダイヤだな。確か、五枚全部同じマークで役になった気がする……それに賭けてみるか)
「一枚交換する」
「私は二枚」
 山から一枚引いて手札に加えた。相手は二枚持っていく。
(クローバーか……ノーペアだ。……で、こっからが勝負なわけなんだろ?)
 彼はちらりとモニタの方を見た。
(俺が14で、大宮が……3だと……? こいつ、本当に血が通ってるのか?)
「さあ、賭けの時間よ。どうする?」
 来楽奈が言うので、彼の目はモニタから離れる。
(……ノーペアだと大した闘いもできないだろう。控えめにしよう……)
 彼はモニタに再び視線を戻す。彼の数値はまた伸びていて、17に達している。
(平静だ、平静……)
 自分に言い聞かせながら、彼はメダルを三枚掴んで場の中央に放り投げた。
「三枚だ」
「三十枚」
(ああん?)
 来楽奈は平然とした様子で、三十枚のメダルを場に置いた。彼はそれを呆然として眺める。
「ほら、あんたも三十枚置きなさいよ。私のほうが高いんだから。それとも賭金の額、変更するの?」
「……」
 彼は場に出した三枚のメダルを回収して、代わりに三十枚置いた。
(どんだけ強い役なんだ……こんな大胆に出して……)
「じゃあ、手札を開いて」
 来楽奈は言った。ほとんど二人同時に手札の五枚を表にして公開する。
(……は?)
 彼は目を細めて、来楽奈の手札を凝視した。
「ノーペアよ。あんたのもそうみたいね」
 彼女はしれっとそんなことを言ってのける。彼はひどく動揺したが、ふとモニタの数値を見て彼女の真意を悟った。
「……そうだった」
 彼女の数値は3のままだったが、彼の数値は三桁をゆうに超えていた。──この試合の勝ち負けはあの数値で全て決まる。彼女は点数稼ぎのために、はったりをかましてきたのだ。
(……こんな普通のハッタリに引っかかるなんてひどく単純だな、俺は……)
「引き分けだし、賭金の移動は無しね。じゃあ、次のゲーム行きましょ」
 来楽奈は淡々と二人分のカードを山に戻し、入念にシャッフルした。三十秒ほど切った後で、その山を卓上の中央に置く。
 彼は無言でその山から五枚引いた。
(──9が二枚とキングが二枚、ってことは……ツーペアか? ……じゃああぶれたこの7を切るか)
「一枚だけ」
 一枚だけ交換。その際、モニタを見てみると彼の数値はさっきとさして変わっていない。
(このくらい平穏にしてないとダメなのか……苦労するな)
 彼はそう思いながら交換した一枚を見た。キングだった。
(……お? なんか凄そうな手札になったな。二枚と三枚で……なんて言ったかな……、でも、とにかく強いことは確かだろう)
「二枚」
 来楽奈は二枚交換した。彼は、それら二枚のカードを確認する彼女の表情を探ってみたが、特殊マスクでも被っているのか疑うほどに何も感じられなかった。簡単すぎる筆記テストでも受けているような顔だ。
「二十枚出すわ」
 今度は彼女の方が先にメダルを置いてきた。
(……さて、今度は俺がハッタリをしてみるか。せっかく、こんな大層な役もできたことだし。さしあたり四十枚くらい──、いや、ちょっと待て。……逆だ)
 彼は一旦、三枚メダルを指で一瞬つまみ、すぐに離した。
「……くそ、三枚にしようと思ったんだけどな」
 渋々といった様子で二十枚メダルを差し出す。来楽奈は変わらぬ様子でそれを見届けた。
「じゃあ、良い? 開いて」
 二人同時に手札を公開した。来楽奈の手札は2と4のツーペア。
「えーっと、この役はなんて言うんだっけ?」
 彼は素で分からないので、素直に訊ねる。彼女の瞳が僅かに揺れた気がした。
「フルハウスよ。……全く、随分運が良いのね。……ツーペアじゃかなうはずがないわ」
「ビギナーズラックってやつか」
 彼は軽快に言い飛ばし、来楽奈の分も含め四十枚のメダルを手元に引き寄せた。その調子のままモニタの方を見てみると、彼の数値は僅かに伸びる程度で、来楽奈の数値は10程度に上昇していた。
(これであの程度しか伸びないのか……こりゃ、次のラスト勝負でひっくり返すのは難しいな)
「ちょっと提案があるんだけど」
 トランプをシャッフルしながら来楽奈が言った。自然、彼に警戒心が芽生える。
「……なんだ」
「お互い、配られて交換する前の手札を明かすことにしない?」
「どういう意味だ。それだとゲームが成立しないぞ」
「……そこで嘘の駆け引きがあることが重要なのよ。このままだと、ただのポーカーの試合になるわ。それだと嘘部の練習としては不十分じゃない?」
 来楽奈はトランプを卓上に置いてから、不敵な微笑みを彼へと向ける。
(……なんか違和感があるな。それなら最初から提案しておけよ、とかそういう類の違和感なのか……?)
「まぁ、構わないが……」
「もちろん、交換してからの手札は明かさないようにね」
「分かってる」
 二人は五枚カードを引いた。
(嘘の駆け引きってことは、つまり嘘を吐くのが目的なんだろう。このモニタにある数値は、動揺することで上下する……ってことは平凡な嘘なダメなわけだ。となると……?)
 彼の手札は9のワンペアだった。こういう場合、どのカードを切るのが定石なのか、彼には全く分からない。役が微妙すぎて次に言うべき嘘も思い浮かばなかった。
「どう?」
 来楽奈が訊いた。彼の方から手札を明かせと、暗に言っているようだった。
(どうする。何と言うか。……ここは奇を衒って本当のことでも打ち明けてみるか)
「9のワンペア、それだけだ」
「嘘ね」
 彼女は間髪空けず即座に言い放った。あまりの速さに彼は一瞬尻込みしたが、すぐに思索を巡らせる。
(カマかけだ。嘘だって確信を持ってるように見せかけてる……、こいつ相当な役者だ。本当に嘘を吐いてたら危なかった)
 モニタの方を見てみると、彼の数値はいくらか増えていた。だが、これでも抑えた方だ。もし、自身の無い嘘を吐いて今のハッタリをもろに当てられていたら、累算で200を超えていたかも知れない。
「嘘かどうかは後でのお楽しみだろ」
 彼は動揺をかき消すように、軽口を叩いた。来楽奈の表情は変わらない。
「そうね」
「お前はどうなんだ」
 来楽奈はどこか不貞腐れたような様子で答えた。
「私もあんたと同じよ。エースのワンペア」
(…………? かすかな違和感がある。さっきから何なんだ、この感覚は……)
 そう思ったと同時に、彼は半ば反射的に訊ねた。
「本当か?」
「……さぁね。それで、何枚交換するの?」
「一枚だ。お前は?」
「三枚」
 黙々とそれぞれが言った数だけ手札を捨て、山から引いた。
(お、俺はツーペアになったぞ。問題は大宮の方だが、こいつはワンペアと言って三枚引いてた……本当にワンペアだったのか?)
 モニタで来楽奈の数値を確認してみると、少しだが上昇していた。平静の状態ならほとんど伸びないのだから、何かしらに動揺しているのだ。
(となるとワンペア発言は嘘と考えていいかも知れない。俺の反問に驚いたんだ。そんでもって、三枚も交換したってことは……元はノーペアか。ワンペア以外で三枚変える必要は無いからな。──勝負に出るしかないな、これは)
「三十枚だ。お前、それしか持ってないんだろ?」
「……三十枚ね。分かったわ」
 来楽奈は歯切れ悪く言って、メダルをありったけ差し出した。彼もそれに倣うように、メダルの山を置く。彼はその最中、彼女の表情をちらちらと観察していた。
(どこか顔が堅く見える……、もしかして、役ができなかったのか? ……ウソ発見器の数字も少しずつだが伸びてる。ってことは俺、もしかして勝てるんじゃ……いやちょっと待て、別にポーカーに勝ったところで、嘘つき勝負で勝たなきゃ意味ないんだ。となると、ここで何かしないと俺はこのまま犬負けすることになる……、よし)
「ちょっと待ってくれ」
 彼は待ったをかけた。手札を公開しかけていた来楽奈はピタリと動きを止めて、彼を見る。
「な、何?」
「なぁ、このままじゃお前の圧勝で終わっちまうからさ……俺にチャンスをくれよ」
「……まぁ、私もさっき提案したから、あんたも何かしら提案しないと不公平よね。いいわよ、何?」
「このフェイズ、俺の役がお前の役に勝ったら、このファインダーの数値をリセットして最後の一戦をやってくれないか」
「……」
 来楽奈は沈黙にともなって少し表情を暗くしたような気がした。彼はそれを見て思わず緊張しそうになったが、平静になるよう務めた。彼女を見ているとそれは不可能な気がするので、狭い部室の壁や天井を見渡してみる。塗装も何もなく、むき出しのそれらを見るに、ここはちゃんとした部屋ではなさそうだ。
 やがて、来楽奈が口を開いた。
「いいわ。一戦だけよ」
「恩に着る」
 彼はささやかな安堵とともに言った。
(手札を交換した後のこいつの様子を見てると、どうも芳しくない手札みたいだから大丈夫なはずだ……が、さっきからちらついてるこの感覚はなんだ? ……何か不自然なところが?)
「じゃあ、手札を明けるわよ」
 来楽奈の言葉を機に、彼は手札を開いた。
「ツーペアだ」
 彼は勝利を半ば確信して言った。だが、彼の役を聞いた途端、来楽奈はふぅと安心したような息を吐き、自分の役を彼に見えるように卓上に広げた。
 五枚のカードの鮮明な赤が目に飛び込んできた。
「フラッシュ。私の勝ちね」
「は……」
「この六十枚は私のものになるから、ポーカーの勝負は私の勝ち。これの方も……見るからに私の勝ちね」
 来楽奈はファインダーをちらつかせて言った。モニタの数字は彼と彼女との歴然とした差を、淡白なデジタル表記で示していた。
(マジか……、ペアを作る以外にもこんな派手な役があったのか……忘れてた。それに、落ち込んでるように見えたから、てっきり良くない役なのかと思った……役者だ、こいつ)
「まだ動揺してるの? どんどん増えてるわよ」
 彼が黙っているところへ、来楽奈は静かに指摘した。彼女の言うとおり、モニタの数字は未だに上昇を続けていて、彼のものは200を越していた。
「あぁ、分かったよ。俺の負けだ」
 彼は観念してファインダーを手首から外した。途端にモニタの数字が動かなくなる。
「全く大した奴だな。お前の手の中で弄ばれてた気分だ」
「……そう」
 来楽奈は大して嬉しくなさそうに言った。視線もついと逸らされていて、彼の方を向いていない。なんとなく怒っているようにも見えた。
(……試合を始める前はあんな嬉しそうだったのに、どうしたんだ……)
「ねぇ……本当に、この部活に入るの?」
「ん? なんだよ今更。入部届も出してきたばっかりじゃねえか」
「そうよね……」
 来楽奈は呟きながらメダルを一枚つまんで指先で転がした。
(……いじけてるようにも見えるが……どうしたんだ、いきなり。……もしかして、俺が妙な提案したからへそを曲げたのか? 本当は部活に入ってほしくないんじゃないのか……?)
 そう考えて彼はぞくりとした。凄まじい幸運に導かれて、来楽奈と二人でこの部屋に常駐できる権利を得たというのに、ここで追放されては一生後悔して生きることになるだろう。
「あー、も、もし何か俺の言動が気に障ったんなら謝るんだが……」
「動揺しないためには、あらゆる可能性を想定し尽くすことよ」
 彼の言葉を全く無視して、来楽奈は独白するように言った。
「予想外だから動揺する。あんたは自分が望んだとおりにことを動かそうとして、そうならなかった時に落ち着きをなくしてる。もっと想定をした方がいいわ」
「あ、あぁ……わかった……」
「じゃあ、今日はこれで解散にするわ。また明日の放課後、この部屋に来て」
 来楽奈はそう言いながら荷物をまとめて、ファインダーを卓上に置いて立ち上がった。それを見て何故だか彼は焦燥に駆られた。このまま黙って見送ったら、明日の放課後にまた彼女と会えないような気がした。
(この様子だと生半可な言葉じゃ立ち止まってくれないような気がする……こいつが思わず足を止めるようなこと……そういえば、さっき職員室で……)
「ちょっと待った!」
「……何?」
 彼女は振り返りもせずに言った。
「さ、さっき言ってたろ。試合には三人必要って……、もう一人、いなくないか?」
(我ながら相当苦しい引き止め方だな……──)
 彼はぐっと返答を待つ。心臓にも冷や汗が流れているような心地だった。
「……大士戸高校との取り決めで、どちらも正式部員数が二人以上いないと、公式戦として認められないってことになってるの。でも、あんたが来てくれたからもう十分、あとは適当に助っ人でも連れてくればいいわ」
「そのあてはあるのか?」
「……あてなんて頼るものじゃなくて見つけるものよ。なんとしてでも承諾してくれる人を見つけてみせる」
「あぁ、いや、俺のほうにあてがあるんだが……、早ければ明日にでも話をつけてこれるぞ」
 彼は恐る恐る、だが内心を知られないように言うと、来楽奈は振り返った。
「本当に?」
「このタイミングで嘘を吐く意味なんてないだろ。勝負は終わったんだ」
 宥めるように説得すると、彼女は歯切れ悪く言った。
「……そう、じゃあ、……お願い」
「まあ、心当たりってだけだから、過度な期待はするなよ」
「もともとしてないわよ。……でも、ありがとう」
 言い終えると、来楽奈は表情を見せないまま扉を開けて出ていった。扉が閉じる堅い音が室内に響く。彼は一人残されてしまった。だが、気分は最高だった。
(ありがとう……か。やばい、たかだか五文字だけなのにこんなにうれしくなるとは……このまま飛び跳ねて大気圏外まで行けそうだ……)
 彼はポーカーの勝負中に来楽奈が座っていた場所をぼんやりと眺めた。だが、数十秒後にとある事実に気づく。卓上には散らばったトランプと二人分のファインダー、百枚のメダル、そしてつけっぱなしのノートパソコンがそのままに残っていた。
「本当にどうしたんだ、あいつ……」
 彼は呆然として呟いた。後始末をすべて新人の彼に任せていくなんて。
 まさかそのままの状態で帰るのもはばかられたので、トランプを片付けメダルも元の配置に戻し、シャットダウンしたノートパソコンと一緒に収納ケースのそれらしい場所に戻しておいた。色々と試してみたかったので、ファインダーは一つだけ借りていくことにした。来楽奈がしていた方のものは箱にしまって収納ケースへ戻す。
 遠くの部室では、まだ談笑が続いているようだった。来楽奈がこの部屋を出ていってから十分ほど経って、彼も部室を後にすることが出来た。
(明日も会えるのか? 明日またここに来たら、嘘でしたー、とかおどけて言われてもおかしくない……まぁ、それでも構わないが。いい夢見れたと思って……諦めがつくのか、俺は……)
 彼は立て付けの悪い戸を開けて廊下に出た。扉は来楽奈がさっき出ていった時と同じように、堅い音を立てて重く閉まった。彼は戸締りが気になった。鍵穴はあるが、鍵など受け取っていない。
(……鍵、開けっ放しで良いのか。ノーパソとか貴重品、中にあるよな……まぁ、立て付けがいい具合に鍵がわりになるのか。俺も最初は開けられなかったしな)
 その時、廊下の向こうから、誰かが歩いてきた。体格のいい男子生徒。ラグビー部員とも思えるが、ここは文化系部活の集う部室棟だ、運動部がここに訪れる用はない。なんとなくこの場所の雰囲気になじまないその男子生徒を、彼は思わず観察してしまった。身長は百八十センチをゆうに越しているだろう。体格はがっちりしている割に顔の輪郭はすらりとしていて、少し彫りが深い。
(…………ちょっと待て、どこかで見たぞ、そんな男をつい最近……)
 凄まじい引っ掛かりを感じて、彼はその男子生徒を凝視した。彼の立ち位置は廊下の一番奥突き当りである。そんなところに立っている人間から凝視されたら、誰だって気になる。自然、その男子生徒と彼の目があった。
 そのどこか愛嬌のある視線を真正面から受けて、彼はぱっとひらめいた。
「そうだ、どこかで見た顔だと思ったら……、一昨日あいつから告白を受けてたヤツだな、あんた!」
「……あぁ?」
 相手はあからさまに顔をしかめた。男子生徒としては精一杯不快な気持ちを顔に出したつもりだったが、その柔らかな目によるフィルターがかかったのか、彼はそれを困惑の表情として理解した。
 彼はずかずかとその男子生徒に近づいていった。相手の身長の方が高いので、自然と彼の方が見上げる形になる。
「あんた、一昨日、告白をされただろう」
 別段、問い詰める意味など無いのだが、彼はとにかく確認せずにはいられなかった。
「何で知っている」
 堅い口調で男子生徒が答えた。
「たまたま見てたんだ。あんたがそれを断るところもな」
「……だから何だ。逮捕でもするのか」
「いや、そのことで訊きたいことがある。……何で、断ったんだ?」
 彼は自分で何故そんな質問をするのか分からなかったが、もしかしたら断った理由を聞くことで、自分自身の気持ちでわかっていない部面を埋め合わせることができると思ったのかも知れない。
「……振った理由?」
 男子生徒は静かに、だがどこか嘲笑するように言った。
「あの女、大宮来楽奈が所属している部と、彼女に関わる話を聞いていれば、あんな誘い容易く承ける輩なんざおるまい。──大宮は嘘部に所属していて、嘘を吐きまくっている、そう考えれば、あの告白も例の部活動の一環だと分かるだろう?」
「あの告白は本心からの言葉じゃないって、分かってたから断ったのか」
「そういうことだ。おそらくは自らの嘘の精度を上げるために、緊張感の高いシチュエーションを作り上げたのだろう。何故、俺に白羽の矢が立ったのかは知らんがな。──ところで、お前、あの奥の部屋から出てきたようだが……嘘部の関係者か?」
「ああ、今日入部したんだ」
「何故」
「…………成り行きだ」
「成り行き……、大金でも絡んだんじゃあるまいな」
 真顔でそんなことを言われたので、彼はムッとした。
「んなわけあるか。俺の意志で入ったんだ」
「そうか。俺なら大金を積まれても入ろうとは思わんがな。それでもお前が入ったというのなら、余程の理由があったんだろう。この学校の生徒なら、俺以外の誰だって同じ事を言うだろう。そんな部活に入るのはやめろってな」
(何だか、全校生徒が嘘部の存在を知っているような口ぶりだな。俺は、全く知らなかったのに……)
 違和感こそ感じないものの、そんな疑問がふと浮かんだ。
「事情があるんだ。あんたにどうこう言われる筋合いはない」
 そんな疑問を押し潰すように、彼は突き放すように言う。相手は大した反応を示さなかった。
「俺も人の行動にとやかく言うつもりはない。話が済んだのならそこをどいてくれないか」
(完全に嘘部をナメてるな、コイツ……なら、嘘部流のやり方で思い知らせてやるか)
 彼はその場で思いついた嘘を披露してやることにした。きっと、この男子生徒の憶測は当たっていて、来楽奈は告白を作業的に行ったはずだ。嘘の精度を上げるというよりは、嘘を吐いた時の動揺の具合を調べるために。それに倣って、彼も自分の嘘がどれほどのものか試してみることにした。先ほど借りることにしたファインダーをこっそり手の中に忍ばせて、スイッチを入れる。極小さな、彼でしか聞き取れないような電子音が鳴った。
「おい、話はこれからだ。たったこれだけの話題のために、見知らぬ奴を呼び止めたりはしない」
「……何だ」
 相手は眉をひそめた。
「告白の話だ。さっき、その部室であいつの話を聞いたんだけどな……あれはガチだったらしいぞ」
「何だと?」
「本気だったんだ。誠心誠意だったんだよ。でもあんたはあいつが嘘部に所属してるって知ってたから、あんたは振った。どうせ嘘なんだろうって思って、そうなんだろ? あいつは、今でもあんたに恋心を抱いてる。これは事実だ」
「……」
「それが言いたかったから呼び止めたんだ。俺だって人の行動をとやかく言うほど暇じゃ無いが……、ちょっと考えてもらいたくてな」
「……なるほどな」
 相手は言った。どこか疲れたような口ぶりだった。彼の嘘を信用したかは分からないが、彼は自分が屈託なく嘘を吐けたことに達成感を抱いた。
「それだけだ。悪いな、こんなことで呼び止めて」
「……問題ない。部室に忘れ物を取りに来ただけだ。時間には余裕がある」
「部活、何やってるんだ? パッと見、ラグビー部かバスケ部に見えるが……」
「軽音楽だ。ギターをやってる。部員にはそちらと同じく飢えている、ブームはとうに去ったようだ」
 相手はそう言って彼の脇をすり抜け、とある部屋の扉を開けた。戸には「軽音楽部」と躍るような文字で書かれていた。あまり、あの男子生徒に似つかわない字体だった。
 程なくして、軽音楽部員は部室から出てきた。ギターケースを背中に担いでいる。それが忘れ物だったらしい。彼の体格が大きいせいで、ギターがひどく小さく見えた。
「お前も帰宅か?」
「あぁ……」
 彼はぎこちなく頷く。
そのまま流されるように、その軽音楽部員と一緒に下校することになった。相手は横須賀文と名乗った。「文」と書いて「ぶん」と読む。二年生にして軽音楽部の部長。バンドもののマンガやアニメが流行っているのだから、部員もそれなりに居るものだと思っていたが、どうもこの学校に限っては軽音楽部は活発ではないらしい。
「部活でやるよりも、プライベートでやりたい奴の方が多いみたいだ」
 文は残念そうに呟いた。
 その後は、彼が自分のことを語る番になった。といっても、語れるほどの経歴があるわけではない。とりあえず名前から教えることにした。
「柏座……、お前があの柏座瞳太か」
 意外にも、名乗っただけでそんな反応をされた。
「なんだよ、俺の名前ってそんなに有名か?」
「……有名ではないだろう。俺がたまたま何度か耳にして、気になっていただけだ」
 それ以上、彼の名前についての話の発展は無かった。
 別れ際になって、彼はずっと気になっていたことを訊ねた。
「なぁ、俺は嘘部員なのに、こんなに会話とかしても良いのか」
「嘘部なんてレッテルに惑わされる役は、テレビの安易な情報にすぐ流されるような奴にやらせておけばいい。お前は嘘を吐けそうにな顔だからな、信用できると思っただけだ。……それじゃあな」
 文はそう言って去っていった。彼はその後姿を少しのあいだ眺めていたが、すぐに振り返って歩き始めた。
(……さっきと言っていることが逆だ。『嘘部だから嘘を吐いてるだろうと思って告白を断った』って言ってたよな、横須賀のヤツ……ってことは、俺の吐いた嘘は効果てきめんだったってことか? 凄まじい裏話を聞かせてくれた俺に心を開いたのか? ──大宮が本当に、自分を好きになっていると知って、機嫌が良くなったのか? …………何にせよ、微妙な違和感があったのは事実だ)
 彼はさっきから手に握っていたファインダーを見てみた。
 212。嘘を吐くのに慣れていないからか、それとも来楽奈の恋心をダシにした嘘を吐いた罪悪感が、動揺を生んだのか。
(嘘部に入ったのは成り行き……でも、俺が大宮に惹かれて入ったのも、事実だ。……これが恋だとは思えないがな……、端的に言えば下心、ゲスい男が抱くような感情だ)

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可児 珊士

Author:可児 珊士
大学生。
元音楽(合唱)部員。旧BASS。
ギターが欲しい年頃。
作家志望。
本陣:埼玉
カラオケ行くと声的な意味で別人化。

アイコンは柊氏より頂きましたΣd(゚∀゚d)

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