弐つの遊戯卓

【五年目】 毎日頑張ってやりくりしていきてます。物書き、音ゲーと合唱やってます。最近DTMとか始めました

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

ちょっとしたメモ

凄まじく今更、小説の書き方、みたいな本を読み始めました。

物語に書き方もクソもあるかい、とずっと本気で思ってて、そんな技術書はさっぱり見向きをしなかったし、たまーに興味を持ってもくじをみても、「プロットの作り方」とか……そんなんいつもやっとるわ!と内心エライ形相で平積みのてっぺんに本を戻したり──してたわけです。たしか。
その時の僕の脳内ではいわゆる、理論一辺倒の知ったような口でひとの作品をどうこう扱おうとする人間のことが念頭にあったわけです。自分はまったくものを作る気がないが、ひとの作ったものに関してはまるでその道100年の巨匠のような評価を下すひと……は、当然のように居るわけですけど、こういう理論書はそういう人間が読むものだと思ってました。そんなこと聞いたら、あらゆる界隈の人が怒り出しそうな感じがするけど、まあ、事実そう思ってたわけですから。
つい三週間くらい前まで……は。

技術書って、それ自体である意味メタ小説として機能しているんじゃないかと思います。小説について言及する小説。僕はこれを読んだことがなかった。人生とか、友達とか、恋人とか、仲間とか、情熱とか、そんなものは暇な人類が叡智をかけて鼻で笑いたくなるような昔っから語ってきたし、僕も最早笑う気力も起きないくらい短い人生の中で適当に選び抜いて耳をすましていたわけだけど、『物語』を語ることについてはまったく無視してきたわけです。やる気と、考える力さえあれば、誰だって、物語は書ける。それは技術ではない、現場で養う能力である。
でも今になって考えてみるとそれは、恋愛小説を見下して推理小説を貪る感じの、ただの選り好みでしかなかったんじゃないか……と思うわけです。

今年の夏休みでは、僕にとってパラダイムシフトが起こりました。その地響きたるやハンパないものだったので、ちょっと話が長くなります。

まず8月末日に、僕は新人賞応募原稿を仕上げて、投稿をしました。
でも、そのあらすじを描いているうちに涙が出そうになったわけです。それはもう、ほんとに、ひどいデキだった。もう自分には物語を書く才能は無いんじゃないか、いつかは認められるようなものができると信じていたけど、こんな凡才では永久に不可能なんじゃないか……とか、本当に思って、とても苦しかったが、でもせっかく一年かけて作ったものだから、投稿した。
それから、大学の成績発表がありました。そこはかとない期待を持って見てみる。
ことごとくヘーボンだった……というか、今までで一番ひどい成績だった。というか、単位落ちてるのあるし。
いや、ちょっとまって、この落ちた単位のやつ、おれレポート出したやん。え。4000字くらいって聞いてたのに6000字で出したの、そんなにまずかったの? 
すぐに抗議しようと思って、その画面を開いたけれど……いや、あの先生のことだから、きっといくら定型をぶちぬいたとしても、良作ならば認めてくれるはずだ(本人もそんなこと言ってた気がする?捏造?)。
当時の僕はそれはまあ、落ち込んだ。
8月の下旬はとにかく、今までの人生でこなしてこなかった栄光と堕落が手をつないでやってきたような時期だった分、そのダメージはでかい。火傷したところに凍傷を負ったようなジリジリとした焦燥とも取れない謎の感情に振り回され、その矛先は全部音ゲーに向かった。そこで散財したせいで、いまは一文無し。親からとやかく言われ続ける。公務員試験、TOEICがどうとか……いやまあ、そんなことはどうだっていい。

で、そこまできてようやく僕は納得した。自分は凡人だと。

じゃあ、今まで自惚れていたのか、とか言われると、そんなことはない。bump of chikenの『才悩人応援歌』はとても共感していたし、DJ TECHNORCHの『内閣総理大臣賞』みたいなリリックはとても好きだ。僕はその方向に関して、呆れるほど用心深かったはずだ。自分はゼッタイに天才じゃない、だから努力しなくてはいけない。
ずっと努力はした。人知れず涙なんていくらだって流した。水不足で悩む人達に分けてやりたいくらいだった。人前では流石に泣いたことはない。先月の僕が指揮を振ったコンサートでは、みんなめちゃくちゃ泣いていたが僕は笑っていた。単純に楽しかったから笑っていたんだけど、人は楽しさが昂じると泣き始めるらしい。でも僕は辛いから泣いたんだ。
「自分がやって楽しいことをやって生きていけるとは思っていない。だから、俺はやりたくないこともやる」っていつか友達が言ってた。僕がこういう何かを作る仕事について意気込んでいた、はるか昔の時期のことだ。そのある意味クソみたいな夢想について彼はある意味警鐘みたいなかたちで言ったんだと思う。僕は反論しなかった。
楽しくはない、と僕は思ったんだ。
何か物を作るのは楽しいけど、それにはある意味人生の縮図みたいな苦痛が伴ってくる。僕はさんざん経験した。その苦痛に対しても、ずっと立ち向かって終へと一歩一歩歩いて行くこと……そんなもんだった。「楽しいから」やってるんじゃない。「やりたいから」やってるんだ。それ以上の理由はない。
でも僕は凡人だからそれなりにやるべきことはしなくちゃいけないんだよ……とずっと心のなかではつぶやいていた。
しかし、しかしね。
バンプだってテクノウチだって、結局は人気を得たアーティストなわけで、彼らの言うなにくそこんちくしょーな思いは結局はるか頭上から投げかけられた言葉に過ぎなかった。SMAPが世界に一つだけの花を歌うのと、名も無きインディーバンドが世界に一つだけの花を歌うのと、どっちが説得力が有るか? 大衆は前者に流れる。
圧倒的な人間に、言われていること、それは「君は君以上の何者でもない」っていうことだ。
……でも、僕にとってそれはただの知識だった。どうやら、僕は僕以上の何者でもないらしい。その独白は、どうやら、1945年の8月に戦争が終わったらしい、という確認と何ら変わりない、単純な真理。僕らは知ってる。おそらく、大半の人が知っている。一部の人はきっと知らないで、周りの人に迷惑をかけている。
僕はその知識というため池で溺れていた。耽溺していた。
「でもホントはそうは思ってないんでしょ?」
これに尽きる。
「俺はお前らとは違うメガネを持っている。それは、自分がまるで周囲よりも劣ったように見えるメガネだ。そのメガネを通して、俺は惨めな俺がむごくあがいている姿を見ることが出来るんだ」
まるで新進気鋭の中学二年生だ。うーん、確かに、価値など無いのかもしれないなあ……。
つまるところ、『そういう視点を獲得したこと』で、満足しているだけだった。ちょうど、新発売のゲームを買って満足して積みゲーするのと同じように。
でも実際に、それを飲み込むのは人間にとってありえないアクティビティなんだ。
自分は魔法使いでもなく、スーパーマンでもなく、正義の味方でもなく、スペックホルダーでもなく、ただの凡人。モブ。人混みの一部。こんなに自我があって、こんなに意識があって、これだけの経験を積んできた自分が、本当にただの群集のひとりであることを理解するのは……とても時間がかかった。20年かかった。

何かを皆でやることには、打ち合わせが必要。リハーサルが必要。そんなことを理解したのも、つい一ヶ月くらいだ。僕はあまりにも自分の部屋に引きこもりすぎていた。今年の八月はありえないくらい膨大なものを僕に残していった。どれもアタリマエのことだった。世の中は自分の都合通りにはなっていない。なっているように思えているのなら、それは陰でとんでもない努力をしている人間がいるっていうことだ。そんなことを理解したのも、つい最近だ。

そういうわけで、僕は飢えはじめた。
僕にノベルなんてもともと書けたものではなかったんだ、とようやく理解した。ライトノベルというジャンルは、ちょっと創造的な気質のある人に、ある幻想を見せるんだってことも、理解した。「これくらいなれ俺でも書けるんじゃね……」こうして無駄に廃棄される紙が増えるわけだ……。
まあいいや。罠にはまった以上、やるしかないでしょう。確かに、僕の求めていることは幻想かも知れない。実現しないかもしれないし、誰かにやめろって言われるかもしれない。苦労しか待ってないかもしれない。
でも……僕はこうでなければ生きていけない、と思うようになってしまった。それができないのであれば、死んでも構わない、と思うようになってしまった。ほんとうに。昔は死ぬのが本当に怖かったけれども、なぜだか覚悟がついてしまったのだ。もちろん、死ぬ気なんて毛頭無いけど……きっちりと死を夢の裏側に貼り付けることができた、っていう感覚ですかねえ……ちょっとしたリアリティが出るんですね。絵に色を塗る時、ふちをちょっと暗く塗るのと同じふうにね。

そういうわけで、小説の書き方!というものを買って読んでるわけです。ここまで非常に長かった……。

脳の形がベコベコに変わってるんじゃないかと思うくらい、思考回路が改ざんされた月間だったわけだけど、その間、ちょっと人と話をするのが楽しくなりましたね。LINEというツールはもっと嫌いになりましたけど。でも、みんな使ってるのでしょうがないです。
とりあえず、年末の新人賞をなんか狙ってみたいと思います。
でも、そのまえにBPM遅めのポップな曲を作りたいと思ってます。

スポンサーサイト
  1. 2014/09/19(金) 01:33:31|
  2. 尋常の日記・雑記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<パンクした自転車はパンクしていない自転車よりも雄弁である | ホーム | 第一章-宵闇->>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://ka24to.blog19.fc2.com/tb.php/1467-18ba177e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

可児 珊士

Author:可児 珊士
大学生。
元音楽(合唱)部員。旧BASS。
ギターが欲しい年頃。
作家志望。
本陣:埼玉
カラオケ行くと声的な意味で別人化。

アイコンは柊氏より頂きましたΣd(゚∀゚d)

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

twitter

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

FC2カウンター

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。