弐つの遊戯卓

【五年目】 毎日頑張ってやりくりしていきてます。物書き、音ゲーと合唱やってます。最近DTMとか始めました

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そう遠くない未来の話

久々に短編を書きました。
小説家になろうさんの方にも掲載してて、こっちのほうがSFぽくルビ振ってあるので、こっちでみるのがオススメです(一応、こっちにも全文掲載しますが)
http://ncode.syosetu.com/n4833cr/



 バズる、という単語がある。ネットとかSNSで、ある事柄とか物事が爆発的に話題になることを表す言葉だが、元となった「buzz」という単語は本来、虫とかが飛び回るぶんぶん言う音のことを示していた。つまりまあ、虫とかが集まってわんわんと唸るのと同じように、人々がわんわん騒ぎ立てるという、比喩のことだったわけだ。その言葉が出回り始めた当初、ネットでは文字が使われていたのだから、実際にそんな騒がしいはずがないのだから。
 でも、それはずうっと昔の話だ。石油が枯渇するとかしないとか、あと20年で尽きると思っていたらあと25年分ありました、良かったね、みたいなことを繰り返していた時代は、歴史の教科書でも一瞬で通りすぎてしまうほど短い。政治的には色々とあったんだろうけれども、百年単位で見てしまえば大したことのない時代だ。
 いまはどうかというと、本当に「バズ」る。何かがネットで話題になると、本当に耳がざわつくような……いや、全身の五感がそわそわするような騒々しさを体感する。抽象的でわかりにくいかもしれないが、実際にこれは抽象的な問題なのだ。というのも、ぼくたちを取り巻くソーシャルネットワークは大きく前進して、「感覚」をシェアすることができてしまったのだ。つまり、言葉とかのあらゆる表現用メディアを使わなくても、ぽあっ、と他人の感情が流れこんでくる。その「気分」を読み取ってこちらも「気分」として受け取ることができ、ぼくたちは文字や画像や音を用いずにコミュニケーションが取れるようになった。
 これが「Dexy」と呼ばれる、最新のSNSの名称だ。口にするときはデキシーと読む。
 そういうわけで、ぼくの自己紹介に移ろう。ぼくはテキストコンバータと呼ばれる職に就いている。全世界で文字を頻繁に読むと答えた人口が、昨年とうとう0.1%を切ったらしいが、ぼくはその貴重な0.1%のうちの一人だ。そう、誰もが「感覚」と「言葉」だけで過ごせるようになったので、文字というものの利用価値はすっかり低下してしまったのだ。ほぼ、思ったら即伝えたいことが相手に伝わるインフラが出来てしまった現在に於いて、写真ですらも読み取ることが面倒なメディアになってしまった。写真ですらそうであるのだから、文字を読みその意味内容と連なりから、文章描写が何を示しているのかを汲み取るなんて、面倒くさいにも程があるだろう。
 でも、やっぱり何かを創造するのに文字というものは欠かせないし(これは他の表現手段についても言えるけど)、義務教育でも習うものだから興味を持って文字に親しみ続ける人は居る。ぼくだってそうだし、ぼくの担当する教授だってそうだ。でも、そうじゃない人達は文字を全然読もうとしない。学校では流石にずっと文字ベースで過ごしているが、卒業してしまえば看板の文字とか、案内板、値札とかが読めればすべて事足りるのだ。面と向かっていれば声に出して交流できればいいし、離れていてもDexyで一瞬にして会話できる。対面していてもDexyで話すという人達も居るくらいで、こういう人達はデキシー廃人、デキ廃とか呼ばれたりする。
 それでも、そういう人達の中でも読書を趣味にしたい人がいるわけだ。だが、今の御時世で文字を使って本を書く人なんて、本当の本当に狂気じみたようにあらゆる古典を読み尽くし、レベルの高すぎる事を書く人しか居ないし、それを好んで読むのだって一握り(ぼくみたいなの)しかいない。文字に親しくないけど教養として何かを読みたいという人達にとっては、昔のライトノベルと言われたものすら読むのは大変らしいから(何しろ時代が違いすぎるし)、まあ文字を読む人は減っていく。若者の読書離れどこか、人間の読書離れというわけだ。
 そこでぼくみたいなテクストコンバータの出番なわけで、教授の書いたいかめしい論文とか、昔に出版された物語なんかを、いまの人達にでもわかりやすく書きなおして提供するのだ。一定のニーズがあるから、わりと安定した職業とも言われているが、なにぶんスキルが求められるので人数は少ない。ぼくは本の虫だったし、作家も目指していたからある程度文章は書けた。まさにうってつけだというわけで、この天職を全うしている。

 ぼくは、担当している教授の研究室にやってきた。なんとこの教授は驚くべきことに、手書きで論文を書いているのだ。だからぼくはわざわざ彼のもとまで出向いてこなくてはいけない。受け取った原稿は会社に持って帰って電子化し、原文は学会に発表しておいて、ぼくが新たに一般の読者向けの文章に作り直す。出来上がったら校閲を通して、ネットへ書籍として配信される。
 いつ来ても豪勢な部屋だった。何が豪勢かというと、明らかに二つ要らないもの、例えばウォーターサーバーとか、コーヒーメーカーとかプリンター(使わないのに)とかが二つずつ置いてあるところ。他にはどん、と置かれたソファの裏側に山ほど机つきのパイプ椅子が詰め込まれていたり、恐らく今では一冊一万円以上するであろう紙の本がゴミみたいにうず高く積まれていたりしているところ。金はかけないのに、無駄が多すぎるように見えるところが、豪勢だというのだ。
「ほら」
 ノックして入室したぼくに、教授は400字詰の原稿用紙の束を突き出してくる。もうこんなのはデッドメディアだ。紙の無駄遣いだと、エコロジーを推進するNPOにがなられてもおかしくない。
「ありがとうございます」
 ぼくは素直に礼を言って受け取る。毎回、これを電子化する作業が憂鬱で仕方がないが、その分追加で手当が出るので文句は言えない。
 教授はえらく濃い色をしたコーヒーを飲みながら、世間話を始めた。
「そういえば、もう私達みたいに、文字に親しみを覚える人口が0.1%を切ったらしいね」
「しょうがないですよ。誰も文字なんて厄介な代物を使いたがらないんですから」
「どうなると思う、もしこの数字がゼロになってしまったら?」
 数字がゼロになる。つまり文字が完全に記号としてのみ扱われる世界のことだ。あっちに行けば渋谷、こっちにいけば東京、こっちは通行止、と指し示すだけの記号に、文字がなる。まだ数字の羅列のほうが意味として価値の高いものとなる世の中。
「……絶望ですね」
 ぼくはひとりの文字好きとして、正直にそう言った。
「でもまあ、それは仕方のないことなのかも知れないです」
「仕方のないこと、か」
「はい。だって、不便なんですもの、文字って。コミュニケーションとか、表現の手段として」
 教授はそうかもね、と笑って、空になったカップを机の上に置いた。ぼくはそれを潮目にして、教授の部屋から退散した。

 DexyというSNSが登場できたのは、国家が個人個人を身体レベルで管理できるように導入した通称「KI」──正式には「慈愛の目」と呼ばれるデバイスのお陰だった。うなじの部分に埋め込まれた楕円筒状のチップのようなものは、ぼくたちの脊髄に密着して神経群に干渉する。この地点をモニタとして、個人のステータスを確認できるのだ。想像力によって形成されてきた「国民」というものが、ここに至って初めて身体に刻まれるものとなった。
 で、「KI」から発せられた情報はスマートメディアでいつでもチェックできるのだが、Dexyはこれを逆手に取り、スマートメディアで受け取った情報を「KI」を介して脳へと流し込むようにしたのだ。スピーカーとマイクの役割が互換可能なのと同じように、脳とスマートメディアは互換可能なメディアとなり、「KI」がその仲立をする。その結果、個人の伝えたいことの『感覚』そのままを、ソーシャルのタイムラインに貼り付けられるようになった。この発明は、最初こそ賛否両論だったものの、数年もすれば誰もが当たり前のように利用し始め、今ではむしろ欠かせないものとなっている。技術の発展とは往々にしてそういうものなのだと思う。
 こういう仕事についている身とはいえ、ぼく自身もこのサービスを享受している。あの未だに手書きで原稿を書く変態の教授を除いて、ぼくが担当している相手とのやりとりはほぼDexyのダイレクトメッセージで行っているし、ストリームにいる友達と夜中にお気に入りのバンドの曲を聴きながら盛り上がったりする。そして、友達伝いに会ったことのない友達ともまた友達になったりできる。SNSの売りにするこのつながりの強さは、どれだけその形態が発展しても変わることはない。
 教授の原稿を電子化して、その原稿の「手直し」、つまりまあ文字に親しくない人でも読めるような文章に書き直す作業を少しばかりやって、ぼくは仕事を切り上げた。〆切にはむちゃくちゃ余裕があるから(ぼくは仕事がはやいから)、明日やろうでも全く問題はない。
 今日は、そのDexyで知り合った友達がうちにやってくる予定になっている。ぼくと同じ大学学部を出ていて、同じバンドを聞く仲間と知ってから、あっという間に仲良くなったのだ。Dexyは対面で話すよりも円滑なコミュニケーションが取れるから、こうやって顔も知らない相手とも気軽に会ってしまえるところも利点だ。とはいえ、やっぱり対面で話す以上の深みは得られないからオフ会は頻繁に開かれる。
 ぼくは帰りがけにコンビニに寄って酒を買い漁り、うちに帰ってピザを注文した。それからスマホでストリームを見たところ、彼は意外とすぐそこまで来ているようなので、ぼくは迎えに行った。
「おじゃましまーす」
 と、彼はきさくに言って、ぼくの家に上がった。下村達己と彼は名乗った。ぼくと同い年のはずだが年下に見え、きっと年上にモテるであろう容貌をしているが、ぼくと同じく恋人はいないらしい。恋愛は田舎のエンターテイメントというが、それとは別で趣味や仕事にあくせくしている人間に恋愛の余地など無い。それが「寂しい」と言われるような価値観はもう既に「古めかしい」域に達しているし、少子化による人口減少を政府が諦めて「KI」の導入を始めとする社会保障の導入によって、新生児の死亡率を下げることに専心して久しいこの国では、恋人のいないことは何ら恥ずかしいことではないのだ。
「うわ、すごい量の紙! こんなに見たの小学校の図書館見学の時以来だなあ」
 下村は手土産を卓に置いて、ぼくの蔵書を見て回る。教授曰く、電子書籍が"book"の基本的な訳語になった……つまり、本が0と1の連なりで表現されるようになったのは別に今に始まったことではなく、ぼくが生まれた頃からその逆転が起き始め、そのダイナミズムを保ったまま今に至るという。ちなみに、この本棚に並べてあるのはほとんど教授のお下がりであり、教授の著作物だ。ぼくもすっかりダイナミズムに飲み込まれた典型的な住民のひとりであることは下村と変わらない。
「コンバーターをやってるんだ」
 ぼくは丁度届いたピザを卓の上に広げながら、言った。すると、下村は視線を本棚からぼくの方へ動かし、
「コンバーター? 作家のこと?」
「いや、作家は別に居て、その人達の文章の趣旨を損なわないように、だれでも読めるような文章に直すのがぼくの仕事だ」
「へえ、まあ確かに作家さんたちは面倒臭い言い回しをしたりするからねえ」
 下村はぼくの仕事内容より、本棚のインパクトに驚いたようで、わかってるんだかわかってないんだか、そんなことを言ってぼくの向かい側に座った。読書人口が壊滅的な現在では、ぼくの職業への認知度なんて大したものではないし、この程度の誤解を正す気力が起きないほどの例に接してきたから、一向にかまわないのだけれど。
 それから乾杯をして、お互いの趣味であるバンドの話なんかをした。それ繋がりで知り合っただけに話はえらい勢いで弾み、お互い好きな曲とか嫌いなアーティストの曲とかをかけて、いたずらに賛美したりやたらディスったりして数時間を過ごした。
 食料も酒も尽き、深夜アニメが流れ始める頃合いになって、お互い眠気が襲ってきた。下村はとろーんとした目付きでアニメを見ていたが、唐突にその目をかっぴらき、ぼくの蔵書の方を見やると叫ぶように言った。
「コレだよ!」
「これ?」
 下村の突然の活気に、ぼくは目を白黒させてついオウム返しに応えた。下村は卓に身を乗り出して、勢い込む。
「なあ、今の時代、文字を読む必要が無くなったのに、難解な文章を書く作家とか、あんたみたいなコンバーターが食いっぱぐれないのは、やっぱり一定数読みたいって思う人がいるからだよな?」
「まぁ、そうなるね。需要があるから、ぼくらも供給ができるんだし」
「なんでその一定数は読みたいって思うんだ?」
「さあ……ぼくの勤めてるとこがアンケートしたら、大半が教養とか趣味とか……」
「教養だよな! だからこそ、テレビなんていう映像コンテンツが未だに生き残ってるんだよ!」
 そうだそうだよ、と下村はギラギラした目をして、深夜アニメを睨みつけるように観た。女の子たちがふつうの高校生活を送っているのを、ちょっとデフォルメしたように延々と映すだけの「日常系」と呼ばれるアニメだが、それをこんな血眼になって観てる大人はそうそうお目にかかれないと思ったので、ぼくはじっくりと下村を観察しておいた。いつか役に立つかもしれない。
 で、そのアニメを見終わってから下村は真面目な顔つきになって、
「いま、すごいビジネスを思いついた」
「ビジネス?」
 ぼくは(おそらく)アホ面をして、またもやオウム返しに言ってしまった。だってそのワードは、ぼくを取り巻く世界ではあんまり聞かないものだったから。
 すっかりビジネスマンの目つきになった下村は頷いて、
「そうだ。誰だって、頭が良くなりたいもんなのは分かるよな。でも、実際に行動するのは面倒臭い。ダイエット商法が未だに機能し続けてるのも、綺麗な身体で居たいっていう欲求に応え続けてるからだけど、それでもダイエットに成功している人間が多いとは思えないだろ? それと同じなんじゃないか、と思ったのさ」
「文字を読みたいけど、踏み込めなくて読めないっていうのが?」
 その感覚がダイエットと同じだというのか?
「そうだ。でも、確実に需要はある。これを満たすには、誰もが気軽に文字に接することができるようになるのが理想なんだ」
「でも、そんなのは本当に理想だよ」
「そう……だからな」
 下村は目をきゅっと細めると、
「Dexyでこれを発信するんだよ」
 ぼくの所蔵する大量の書物を指さして、言った。が、その言葉はつるっと滑っていき、ぼくの頭に意味を残して行かなかった。
「だからつまり……あんたがあの本たちを読むだろ? そこであんたは文字を読み解いて、自分の頭の中にイメージにする。映像と違って、自分で頭のなかで像を結ばなくちゃいけないから、文字は難儀なんだよな」
「そ、そうだね」
 ぼくは下村の頭の回転の速さに驚きながら、頷いた。今どきそんなことを考えて文字を忌避する人なんていない。直感的に面倒臭さを覚えて、なかなか寄りつけないのだ。
 そして、下村はとんでもないことを言い出す。
「だから! その時あんたの頭の中に湧いたイメージを、そのままDexyに流し込んでアーカイブにしてしまえばいいのさ!」
 ぼくは絶句した。まさか、ネットで出会った友達が、こんな突飛な提案をしてくるとは思わなかったからだ。
「そ、そんなこと可能なのか?」
 まず、ぼくらの脳とスマートデバイスを繋ぐ「KI」という技術は、厳密な審査を経て適正と判断された法人しか使用することが出来ない。Dexyというサービスがスタートできたのは、その提供元が辛抱して審査を通過できたからだ。そこに至るまでの過程はどこかのルポライターによって文章にまとめられ、それが昨年度のベストセラーになったのも記憶に新しい。でも、個人のレベルではほぼ不可能であって、できることと言ったらスマートデバイスでの平面的なアプリ開発がせいぜいである。
 といってもまあ、その時のぼくは下村の仕事を知らなかったからそんな疑問を抱けたのだった。彼から勤め先の名刺をもらってぼくはしこたま驚いた。
「LARソリューションズって……Dexyの提供元じゃないか」
「そうさ。少し技術的に手を貸してやったりもしたんだぜ」
 下村は少し得意げに言った。そして、今は「KI」とDexyを利用した新たな企画を練り始めているのだという。
「知識欲を満たす。本に書かれている情報を、Dexy経由にダイレクトに流して、ダイレクトに吸収できるようにする……そこに広告を混じらせれば……うん、これはいけるぞ!」
 そういうわけで、ぼくは下村に手を貸すことになった。報酬は弾むと言われたし、コンバータという需要は一定数あるが儲かるとは言えない仕事なので、その気分転換と考えたらダブルワーキングでも問題無いと思ったのだ。
 その夜以降、ぼくと下村のDexy交友ステータスは、「友人」から「仕事仲間」となったのだった。

 ぼくは次の日、教授から受け取った原稿の「手直し」、コンバートを終わらせて編集者へ渡すと、下村の指定した場所へと向かった。表から見たらただのビルだが、中身はDexyの運営会社LARソリューションズの研究施設となっている。
 人の感覚をそっくり抽出して、それをアーカイブ化するというのは最新中の最新技術だ。いまのDexyがしているのは、短い文章を感覚化して短い時間だけ閃光のように駐留させておくだけのものであって、後になってその内容を参照することは難しい。もし、感覚が保存ができるようになってしまったら、もうwwwですらデッドメディアになってしまうだろう。映像も音楽もすべて感覚化して、保存、発信ができるようになる。きっと、頭のなかで思い描いた音楽とか絵をそのまま感覚化して、ストリームに流したり、目で直接とらえた映像を感覚的に編集して、感覚野で上映できる映画を作れたりするようになるだろう。その端緒として、ぼくがこうして貢献できることは、わりと誇らしくあった。
 そんなわくわく感は、実際の作業が始まってからすっかりと吹っ飛んでしまった。
 ぼくが文章を読むと、「KI」がその時のイメージ=感覚を取り出して、メディアへと送信する。下村を始めとする研究班がそれを解析してアーカイブ化し、「KI」を通して被験者となる第三者の脳へと送り込む。
 すると、思ったよりもぼくのイメージというのはそれ自体で独立したものではなく、ぼく個人としての経験や知識、嗜好とかもろもろの要素がバイアスとしてかかったもの、いうなれば「解釈」というようなものなのだ。ぼくはそれをぼくのイメージと呼んでいいのだが、他の人はそうもいかない。その解釈を紐解くには、ぼくという人物を知らなければならないからだ。結果的に、文章を読むのとはまた違った面倒さが生じてきてしまった。
 下村が求めるのは、文字と親しまなくても「だれでも」吸収できる知識の提供である。
 だから、ぼくは文章を読む際に、極力「ぼく」を削ぎ落として読み、イメージしなければいけなくなった。これはひどく難しい作業であって、文章を書いた人のことを忘れ、それを読むぼくという主体を忘れ、純粋な情報としての「知識」を生み出さなければいけなかった。あらゆる物質の交じり合う地層から、純金だけを器用に選りすぐって掘り出していくような、そんな気の遠くなる作業を、その文量だけ行わなくてはいけないのだから、相当に骨が折れた。疲れすぎていて、一区切りついたところで下村とほかの研究者と飲みにいって、家に帰りシャワーを浴びて、布団に入った次の瞬間には朝を迎えていた。
 作家の書いた生の文章を、ぼくが普通の人が読めるようにコンバートして、更に読まない人にも理解できるようにコンバートする。ぼくというオリジナルティはそこでは全く必要とされず、最終的に情報として研ぎ澄まされた文章は、数ヶ月の研究の後、無事にぼくが脳内で喚起したイメージ通りに第三者へと通じるものとなった。

 あれから一年があっという間に経って、ようやくぼく達の手がけたプロジェクトが世に打ち出された。「感覚文学」と名付けられたそれらは、純文学、大衆文学、ライトノベルという物語、哲学、経済、政治、科学といったあらゆる論文を包括し、Dexyと同じ経路に乗って放擲されたのだ。ぼくの他にもたくさんのコンバータが動員されて、最初は100ほどの「文章」をテスト版として公開した。
 世間の反響はすさまじかった。閲覧数はうなぎのぼりで上昇し、Dexyではバズりすぎてうるさいほどだ。ほとんどの作品は無料で楽しむことができて、一部の学術論文とかには数十円の課金が必要となる。主な収入源は広告料だ。六桁にも及ぶPVのあるサイトだから広告料は紙書籍時代の全盛出版社並のものとなり、閲覧数も確かな実績があるのでスポンサーが絶えることはなかった。
 これだけの社会現象なので当然今後の雲行きを心配する向きもあった。「『KI』経由で直接取り込んだ知識は麻薬のようなもので危険なので、知識はきちんと文字で読んで手に入れるべき」とテレビでコメントする評論家がいたが、Dexy等で「お前も文字なんて読んでねえだろ」とかツッコまれて大炎上していた。それとは別に、LARの本社ビルに抗議文などがひっきりなしに届いていたが、下村は笑いながらそれを破り捨てていた。
「嫉妬してんだぜ。情けないよなあ」
 そんな肝の太い彼らから、ぼくが受け取った謝礼は凄まじい額だった。今までコンバータでせこせこと稼いでいたのが馬鹿らしく思えるくらいめちゃくちゃな数字の羅列だった。ぼくは大成功に酔いしれながら、久しぶりのまとまった休暇を使って、「ぼく」を削ぎ落とさなくてすむような読書に耽溺した。

「君も、『感覚文学』とかいうのに携わってるのかい?」
 いつものようにぼくが原稿を取りに行った時、教授はそう訊いてきた。
「はい、一応」
 ぼくは気恥ずかしくて、中途半端な謙遜を口にする。とてもじゃないが、ぼくと友人で着想して実現したんですよ、なんて言える雰囲気じゃなかった。この部屋は、前時代的なアナログの支配する空間であって、この匂いに包まれている中でそんなことを言うのは、竜安寺の石庭をバイクで通過するくらいとんでもないことであるような心持ちがする。
 教授はふぅん、と興味深そうに声を漏らす。
「お陰で、私のところに問い合わせがくるようになった。ためになったとか、すばらしかった、とかね」
 コンバートするのはぼく達コンバータだが、むろんアーカイブには原作者に許可を取った上で、その名前も明記してある。教授の著作もコンバートされているので(ちなみにその交渉をしたのはぼくではないので、彼はぼくが携わっていることを知らなかったのだ)、この機会に初めて触れた人が連絡してくるのだろう。
 ぼくは嬉しくて、少しだけ背伸びするように、
「たくさんの人が知る喜びを謳歌するようになりました」
「それはそれでいいかもしれないが、これでよりいっそう文字は死んでいくんだろうな」
 その教授の一言に、ぼくは冷水を浴びせられたように身体が縮まったような心地がした。
「でも……書籍の販売数は減ってないですよ」
「私や、君が生きている間は大丈夫かもしれないが、その先はわからんな」
 教授はぼく達が去った世界のことを想像していた。ぼくは間違ったことはしていないつもりだったが、それでも教授のその言葉を聞いて少し不安になる。文字がなくなった世界で、果たしてぼく達はぼく達のいない世界のことを、考えることができるのだろうか……。
 ぼくはそんな曇った思考の中で、あの時に思ったことを口にしてみる。
「……もし、脳の中で直接表現したものを、そのまま他の人と共有できる技術が普及したら──」
「ふむ、文字自体が無くなることは無いだろうが、恐らく記号レベルでしか使われなくなるだろう。何千年もかけて、本来の用途へと幼児退行してきたわけだな。そうなった世の中は、文字のゆりかごとも墓場とも言える」
「……」
「心配するな。そうならないために、私はこうして書いているんだから」
 そう言って、教授はぼくに相変わらずえげつない量の手書きの原稿を寄越してきた。ぼくは慌ててそれを受け取ったが、思った以上の重さに腕が沈む。危うく床にすべてぶちまけるところだった。
「あ、ありがとうございます」
 その重みに、ぼくはなんとなく勇気づけられた。

 その「事件」が起こったのはそれから二週間後のことだった。そして、ぼくがその事件のことを知ったのは翌日になってのことだった。
 ぼくはいつものように牛丼を買って帰ってきてそれを平らげ、教授からもらってきた紙の本を読んではちょくちょくDexyのストリームを覗いていた。やがて、尿意を感じてトイレに入る。用を足したことには足したが、まだ残っているような気がして、粘りに粘って30分ほど頑張ったが結局成果はなかった。仕方なく残尿感を残したままトイレから出たが、どうしようもなくその感覚だけが広がっていき、三十分後にもう一度トイレに入った。便座を下ろして腰掛け、ずっと踏ん張るものの何も起こらない。が、尿意はがんがん増幅されていく。緊急停車中の電車の中で尿意が暴れて大変だった時のことを思い出しながら、ぼくはずっと出ないものを出そうと頑張っていた。
 結局、ぼくは一晩中残尿感に悩まされてトイレに立てこもっていた。あまりの深刻さに泌尿器科に診てもらおうと思い、明け方近くになって手近な病院を探そうとスマートデバイスをいじっていたところ、潮が引いていくように残尿感も消えていった。Dexyにそのことを投稿しようと思ったが、サーバーエラーのようで接続できなかった。怪訝に思いながらも、ぼくはようやく短いながらも安眠することができた。
 で、翌日の昼に目を覚ましてDexyをチェックしたものの、まだ接続ができなかった。なんだか嫌な予感がして、ぼくは休日にもかかわらずLAR本社へと出向いていった。なんだか休日なのに人が少ないな、と思いながらエントランスに入って行くと、早速顔見知りの社員を見つけたので話しかける。
「やあ、どうも」
「あ……、こ、こんにちは……」
 彼はずいぶんやつれた顔をして、挨拶を返してきた。ぼくはびっくりして、
「ど、どうしたんですか、何か病気でも?」
「いえ……昨日、嘔吐が止まらなくて……、今朝ようやく収まってホッとしてたら、本社から出勤しろって連絡が入って……」
 嘔吐が止まらなかった……、ぼくの残尿感と似たような症状だった。
「Dexyが繋がらないんだけど、呼び出されたのってそのことについてかな?」
「間違いなく……そうだと思います。僕もよく分からないんですが……」
 部外者のぼくが彼についていくわけにはいかなかったから、ロビーの椅子に腰掛けて待っていた。その間、幾度かDexyにアクセスを試みたもののやっぱり繋がらなかった。「感覚文学」のほうも同じような症状だった。「KI」を利用したネットワークサービスはほとんどダメになっていたが、ローカル利用(血圧等のモニタリング)は普通にできたので、サービス提供側のサーバーの問題だろうと推測した。
 ぼくは教授からもらった本を読むとか近場を散歩とかして過ごした。数時間ほどしてたくさんの社員に混じって、先ほど話をした社員が更に疲れた顔をして戻ってきた。
「ウイルスが流されたようです」
 詳細を聞いたところ、社員は開口一番にそう言った。
「Dexyのサーバーに、神経系へ直接無造作に命令を下すウィルスが流し込まれたそうです。それが、ストリームを見た人全員の『KI』を経由して、脳にありもしない信号を送り続けて……すごい量の人が体調不良を訴えた、と……」
「ウイルス……」
 背筋に冷たい粘性の動物が張っていくような感覚がした。コンピューターに悪影響を及ぼすプログラムを比喩的にウイルスと呼んでいたのに、これでは生物兵器じみた本当の「ウイルス」ではないか。遠距離から、人の生理にダイレクトに悪影響を与えることができる技術──コンピューターウイルスはついに、人間に直接感染するようになったのだ。
「現在、当社のサーバーをすべて閉鎖、今日中に通信会社に連絡をとって一時的ですがネットワークを停止させます。一応、Dexyのサーバーに流れ込んだウイルスの除去は完了している状態ですが、第二波が無いとは言い切れないので……」
 社員は明らかに疲弊した様子で言った。もう、ありがとう、と告げて解放してあげたかったが、ぼくはこれだけ訊ねておかずにいられなかった。
「下村は? ここにいるのか?」
「そ、それが……行方が分からないんです。僕は嘔吐感で済んだんですが、下村さんは全身が激しい痒みに襲われたそうで……ひどく取り乱して外へ飛び出していきました」
 なんということだ。ぼくはその社員に礼を告げて、悄然とうちへ帰った。
 テレビをつけると、どの局も今回の騒動について取り上げていた。ほぼ全国民が被害を被った今回の「災害」について、わかっているだけでも死者は全国二万人を超えているとのこと、「災害」の原因は不明だが、おそらくは「KI」の一斉不調ではないかと専門家は述べている。症状は人によって本当に様々で、全身に走る激痛、あるいは激しい痒み、強い幻覚、嘔吐感といった苦痛はもとより、逆にとんでもない快感を得て、一晩中絶頂でい続けるというちょっと想像もしたくない症状が出た人もいるという。ぼくの被った残尿感なんてかわいいものだった。突然襲ってきた理不尽な感覚の洪水に、パニックに陥って海や川に飛び込んだり、自分の皮膚を掻き毟ったり、心停止を起こしたりして亡くなる人が続出、大規模な自然災害にも匹敵するほどの被害が出た、とニュースは告げていた。下村の安否が心配だったが、既にネットが繋がらなくなっていたので、どうしようもなかった。
 ぼくが呆然と、流れる映像を眺めていると、突然スマートデバイスが振動し始めた。恐る恐る手にとって見ると、電話の着信だった。それを見て、ぼくはこのデバイスが昔は「携帯電話」と名乗っていたことを思い出す。
「もしもし、生きてるかい」
 教授の落ち着いた声が聞こえてきた。ぼくはなんだか救われたような気がした。
「な、なんとか生きてます。教授も、大丈夫なんですか?」
「一晩中、あちこちからベートーベンが聞こえてきて大変だったよ。それで……いま、そのDexyとやらが停まっているらしいね?」
「は、はい。そもそもネットワークが機能していない状態です」
「……明日、私の研究室に来なさい。必ずだよ」
 それだけ告げて、教授は通話を切った。テレビの中では、通行人がインタビューを受けていたが、インタビュアーも含めて被害者なのだから、取り沙汰されるのは受けた苦痛の程度が大きかった人、つまり身体に激痛が走り続けた人ばかりだった。
 残尿感も……なかなか辛いものだったのに、とぼくは独りごちた。

 翌日もネットワークは機能していなかった。テレビでは、首相官邸やLAR本社に押しかける人々の映像が流れていた。
 ぼくが教授の研究室を訪れると、そこには彼の受け持つ学生がたくさんいた。みんなパイプ椅子に腰掛けて、熱心に何かを書いている。
「よく来たね。これを」
 教授はぼくを見るなり、原稿用紙を何枚か手渡してきた。何のことかと首を傾げていると、
「紙に書きつけるんだよ。あの事件があった晩、君が見たこと、感じたこと、そして思ったことを、『君の言葉』でね」
「……どうしてですか?」
「身を守るためだよ」
 その台詞に、ぼくはなんだかいつもと違う、教授の気迫を感じた。こんな時にいつも通りなのもどうかと思うが。
 ぼくは、あの時のことを思い出しながら、原稿用紙を字で埋めていった。ぼくはコンバートばかりしていて、自分の言葉を自分で考えて綴ったことなんて無かったから、いつもの「手直し」と全く勝手が違うことに困惑しながら、それでもなんとか文章を繋げていく。作文こそ初めての経験ではなかったけれども、本当のオリジナルの文章を書いたのは生まれて初めてかも知れない。字なんて書くのは学生ぶりなので、すごい汚くて笑いそうになったが、それでも這いつくばるように文脈を紡いでいった。
 数時間かけて僕は原稿用紙にして一〇枚分のそれを仕上げたが、なんとなく学生の時の癖のようなもので教授に提出しそうになった。教授は軽く首を振って、
「それが紛れも無い君自身だと思って、自分で持っておけばいい。明日あたりにネットが復興するだろうが……くれぐれも気をつけてくれよ」
 そう言って、ぼくの肩を叩いたのだった。

 日が暮れてからぼくは家に帰ってきた。テレビをつけると、インターネットがもうじき復活する旨が告げられている。「災害」の原因は悪意をにより流されたウイルスで、犯人グループは捕まったそうだ。警察に連行されていく犯人の顔と、名前が羅列される。こういう風に映されているから犯罪者然として見えるが、顔付きだけでみればどこにでもいそうな人達だった。彼らは、「感覚文学」で用いられていた技術を解析してウイルスを作り上げ、クラッキングができる仲間と共にDexyのサーバーにウイルスを流し込んだらしい。「ここまでひどい騒ぎになるとは思わなかった」と、陳述しているらしい。LARは記者会見で、今回被害に遭った人々に謝罪、賠償をすると共に、再発防止に全力を尽くすと述べた。どのテレビ局も、この一連の流れを「テロ」と名づけていた。サイバー空間からやってきた、立体的な「テロリズム」。ぼくはなんとなく、何十年も前のテレビの中から女の幽霊が這い出してくるホラー映画を思い出した。
 ──下村が、ぼくの部屋に来てこの紙の本が並べられているのを見なければ、「感覚文学」なんて企画は立ち上がらなかったし、今回の災禍が起こることもなかった。そう考えると、ぼくは責任を……とんでもなく重い罪悪感を覚えてしまう。
 ぼくは沈んだ気持ちで、なんとなく助けがないかと期待して、スマートデバイスを手に取り、つながったばかりのDexyのストリームを立ち上げた。
 そして、次の瞬間、ぼくの全身が壮絶な勢いで「バズ」り始めた。マイクロ波で全身が高速で振動させられて、且つその音響がすべて拡張されたような圧力が、ぼくを身体の内側から灼き尽くすようだった。無数の人々の無数の叫び声、五感から発せられるありとあらゆる感覚が、鉄砲水のようにタイムラインに迸り、ぼくのうなじを通ってぼくの五感に押し寄せてきた。凄絶な激痛、幻覚、気分の悪さ、かつて経験したことがないような不安を、一生分にも匹敵する苦痛を食らった上、ネットワークを遮断されて親しい人の安否も確認できなくなった人々の感情の奔流が……ぼくに襲いかかってきたのだった。我が子をなくした親の叫び、恋人をなくした誰かの叫び、友達をなくした子ども叫び、悲しみ、不安、怒り、やるせなさ、無力感、絶望感、痛み、苦しみ、寂しさが、ぼくの五感の上に人となって現れて、わんわんとそれぞれの主張を過激に押し通すように、血流に乗って暴れまわる。
 ぼくは、その集合的無意識の暴力に、耐えられなかった。ぼくだって、親友である下村の安否が知れなくて、落ち着かない気持ちでいる。きっとその焦燥はあの暴力的な負の奔流に吸収されて、また新たな誰かに襲いかかっているのだろう。
 一瞬接続しただけなのに、脳漿が沸騰しそうなほどの負の情報量に、ぼくは一瞬で意識を持って行かれた。高熱にうなされるような、嘔吐、だるさに目眩が重なり目の前が真っ暗になった。ぼくは……ぼくは……気分が悪かった。気分が悪すぎて、逆に、気分が悪いことを忘れるくらい、悪かった。誰かの悲しみがぼくの頭の中でこだまする。その人は一体どんな苦しみを、罰を受けてしまったのだろう。ごめんなさい、とぼくは呟いた。たぶん。あれ? ぼくは……ぼくを探した。真っ暗な視界のなかで、ぼくを探した。あのすべてをかっさらていく情報の群れは、雪崩のようにぼくを押し倒し引き裂いた。ぼくの……ぼくの焦燥はどこにいった? ぼくは……誰の心配をしているんだっけ? すべてが増長したストリームに流されていく。溶けていく。消えていく。
 どたんばたんと、音がした。遠くの誰かが喧嘩しているのかと思った。いや……違う、しっかりしろ。これはぼくの身体が倒れた音だ。ぼくというものが、ぼくの身体から引き剥がされそうになっているんだ。「ぼく」がうなじから出ていこうとしているんだ。
 待てよ……どうしてぼくは……。
 晦冥に包まれ、遠くから誰かの喘ぐような声が聞こえる。
 下村……ぼくは、下村なのか……?
 わけもわからずに、そう肯定しそうになった。深い轍に身を横たえたような安心感がぼくを連れ去ろうとする。
 ぼくの……。焦燥……は……。
 ──下村が行方不明だ。彼はLARソリューションズの社員で、研究者。本人は違うと言っているが。下村は、「災害」で全身の激痛を訴えてどこかへ消えてしまった。いまも見つかっていない。
 そこでぼくは身を起こす。そう、ぼくは……見つかっていない。
 ──不安だ。激痛を訴えた人は、ほとんどの場合死んでしまう。
 ──無事で居てほしい、と僕は祈り続けている。
 僕は祈り続けている。誰だろう、僕、というのは。
 ──僕はひどい残尿感に襲われて、一晩中トイレの便座から動くことができなかった。とてもつらかったけれども、翌日ニュースで見た人達に比べれば、ずっとなんでもないことだった。
 見つけた!
 ──下村が行方不明だ。無事で居てほしい、と僕は祈り続けている。
「!」
 突然、視界が開けた。目の前に、さっきぼくが原稿用紙に書いた汚い字が並んでいる。
 僕は祈り続けている。
 ぼくは、呪文のように、そこに書かれている、この言葉を繰り返し口に出していた。まるで、自分を取り戻すように、呼び寄せるように、無意識のうちに。
 ぼたぼたと、汗が原稿用紙の上に垂れた。ぼくは大きく息をついて、床に身を投げ出した。

 言葉遊びではないが、Dexyのソーシャルストリームは、劇的な惨禍によって「理」を失い、抗いようのない自然現象である嵐となって、人々の「自我」という感覚をむしりとろうとしていたんだと、いま、ぼくは思う。渦巻いて増長した人々の不安が……根こそぎ、ぼくらの自明性を奪い取っていったのだと。そこからぼくを守ったのが、汚い字の羅列だったというのは、ただの結果論に過ぎないと思う。教授もそれを分かっていたのだろう。ぼくを救ったのは紛れも無く、ぼく自身だ。ぼくは、それをただ手助けしたに過ぎない。
 この二次災害「Buzz」によって、また多くの人が死んだり後遺症を患ったりしたらしい。並のテロや自然災害を遥かに上回る犠牲者の数、そして前例が無いことから、犯人たちの裁判は困難を極めるだろう、とアナウンサーの声は淡々と告げる。
 下村は一週間後、砂浜に打ち上げられていたのが発見された。溺死だった。ぼくの祈りは届かなかった。下村が、ぼくを救うためだけに死んだような気持ちがして、それだけがやりきれなかった。
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  1. 2015/05/20(水) 22:20:23|
  2. フィクション小説(妄想)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3
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http://m-pe.tv/u/?hapine1961

これからもブログの運営頑張って下さい。
失礼致しました。
  1. 2015/05/27(水) 14:36:16 |
  2. URL |
  3. つねさん #-
  4. [ 編集]

すごく面白かったです。地の文の読みやすいんですけど具合の良いリズム感がすごく好きです。
  1. 2015/05/27(水) 15:58:00 |
  2. URL |
  3. 柊 #vs0NW1Qw
  4. [ 編集]

Re:

>つねさん
お誘い有り難うございます。
当方就活中サークル活動等をしている余裕があまりありません。
今後、また機会がありましたら、その時によろしくお願いします。

>柊さん
ありがとうございます!
文章はひたすら手癖で淡々と書きました。この類の文章なら無限に作れます。
  1. 2015/06/05(金) 22:31:21 |
  2. URL |
  3. 可児 珊士 #-
  4. [ 編集]

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可児 珊士

Author:可児 珊士
大学生。
元音楽(合唱)部員。旧BASS。
ギターが欲しい年頃。
作家志望。
本陣:埼玉
カラオケ行くと声的な意味で別人化。

アイコンは柊氏より頂きましたΣd(゚∀゚d)

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