弐つの遊戯卓

【五年目】 毎日頑張ってやりくりしていきてます。物書き、音ゲーと合唱やってます。最近DTMとか始めました

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アンチ・レゾナントに華はあるの?



 beatmaniaIIDX22PENDUALのイベント「Qpronicle Code」ボス曲、共鳴遊戯の華。
 初めてこの曲を筐体で聞いた時、とんでもない曲が来たもんだと思った。ゲーム音楽と、クラブミュージック要素と、歌唱要素、それとなんだかよくわからんこのオリエンタルな雰囲気を、全て全てごっちゃにしてしまった、よくわからん曲。これは到底、一回聞いただけじゃなにもわからないな、と確信。こんなアホみたいな曲をぶち込んでくるなんて、ずいぶんチャレンジングだLED!と一発聞いただけで作曲者が分かった俺は思ったものだった。
しかし、ニコニコに上がったこの曲の評価は惨憺たるものだ。エンターテイメントの悪いところは、マスを相手にしていることであって、一度熱狂に入った群集は果てしなく暴走していくという点にある。ボコボコのボッコボコであった。俺はすぐにT.kakutaさんに俺は好きですよ!という旨のメッセージを送りたかったが、実際この曲はよくわからないから本当に好きなのかどうか分からず断念。
 大体一回聞いただけで分かるような曲は、ボス曲にふさわしくない。そういう意味では、tricoroのボス曲である、キャトられ 恋はモーモクは良くなかった。あんなの一発で「ああ、可愛いあざといprim曲だ」ってすぐ分かる。だからダメ。すごい好きだよ、よく口ずさむ。でもやっぱり、plan8かproof of existenceをボスにするべきだった、というか黄イベを先にやるべきだった。
 50回位聞いたけど未だによくわからない。どう聞くべきなのかは、よく分かる。エンジンの音をいじって作ったようなベースの音と、暴力的なパーカッション(フィルインの譜面はホンマモンの「暴力」が降ってくる)、そしてそうして無理やりこじ開けた空間を酔っ払ったような足取りで歌うボーカル(moimoiなのかなあ)。あのボーカルが無ければ、暴力的な側面の強いいつもどおりのボス曲になっていたんじゃないかと思う、が、あのフラフラと動き回るような謎のオリエンタリズムを醸し出すボーカルは、この曲を乗りこなしていない。暴力的なオケを乗りこなすだけの暴力性がないから、酔っ払ってるように聞こえる。でも、必要なものだった。この曲はあのふらふらしたボーカルを要請した(それがディレクションなのかは知らないけど)。
 それでもやっぱり、つくづく思うのは、この曲はボーカル曲なんかじゃない。ボーカル曲でボーカルがメロディを歌うのは自明中の自明のことのように思われるけど、この曲では違う。そんなものを、メロディに貪欲な音ゲー戦士たちに突きつけてくるだなんて、LEDは、無謀としか思えない無理難題に、挑んでしまったんだと思う。

 そもそも、音ゲーというのはどことなく、今では失われたファミコン時代のBGMへの哀愁に、応えてきたような感じがする。
 俺もDTMをするが、その都度俺の音楽のルーツは、星のカービィだなあ、と感じざるを得ない。なんというか、音の詰め込み方が。究極にシンプルなコード進行、究極にシンプルな音色、そのシンプルさの間隙をギュッ、縫い付けていくようなメロディライン。二度聞けば忘れない、20回聞いたら死ぬまで頭のなかで鳴らしておける。あれはまさに究極の俗っぽさから生まれたものに違いない。よくわからないけど。ファミコン以来、限られた容量ゆえのピコピコを最高に利用するためのメロディ手法が、一番栄えていた時代がSFCだったんじゃないかと思う。最低限の記号としてしかグラフィックでしか、冒険ができなかった以上、それを克服するストーリーと音楽が必要だったが、あの単純な記号みたいな音楽が、まさにガッチリと落ちるところに落ちたんじゃないかと思う。
 で、技術が進化していきゲームが映画に近づいていくにつれて、音楽も映画に近づいていき、つまり実際の音楽に近づいていき、メロディで語る必要がなくなってきた。そんでもって、それと入れ替わるようにしてメロディを押してきたのが、BEMANIシリーズだった。今の音ゲーマーというのは、大体昔からゲーム好きだった人が多いんじゃないかと思う。ファミコン、SFC、64時代の、メロディが敷き詰められて、音の多さでようやく厚みを出せていた時代へのノスタルジーを、音ゲーという音楽に特化したゲームで発散しようとしている。それまで、どこかしら正統的な音楽好きを相手にしていたと思われるBEMANIは、とある時期から「ゲームらしい」音楽が増え始める。それは丁度、ゲームがゲーム音楽をやめて、リアルな音楽に近づいていった、つまりゲーム的アイコンからリアルな3Dの造形の精度を上げていく過程と、丁度逆行するような形になる。その動きはjubeatやReflecbeatの台頭で、完成されたといってもいい。ゲーム音楽の継続を、BEMANIは宣言したんだ。俺にはそう思える。
 だから、今のBEMANIには、昔のゲームファンが多く流れてきたんじゃないかと俺は思うわけだ。メロディが止まったら死ぬ、とかいう風な緊迫感を持たせるゲームミュージックが必要なくなった今の時代で、あのチープなピコピコ音で作られていたメロディが、現代に於いてどう現れるのかを「見たい」という切実な欲求が、現在のBEMANIの潮流を形作っているんじゃないか、と。音の多さは現実の音楽では忌避されるが、ゲームの音楽では歓迎される。それは究極に俗っぽくて、幼稚なものなのかも知れない。だが、それが何だというのだ。何事も歴史に残るものは有象無象のうちから生まれていく。ゲーム音楽が将来のクラシックになるという可能性をあざ笑うやつは、ジャズが勃興した時代にジャズを嘲笑しているのと変わらない。
 問題は、今までの「硬派」なクラブミュージックとかロックとかが好きだった人だ。追い出されてしまったといっても良い。とはいえ、別段同情を抱くわけでもなく、決して共存ができるとは思っちゃいない。音ゲーは時代の要請に応えただけだった。失われたゲームミュージックを求める数多のゲーム好きのオタク達は、普通の音楽好きの人達を駆逐してしまったのだ。そのことについて、俺はどうしようもない。別段、共存できるとは思っていない。でも、したいとは思っている。
 というか、そういうオールドスクール(?)なテクノやハウスやユーロやハードコアを求める典型的な懐古の人々、五鍵ビートマニアやポップン一桁代の人たちは、割と今の音ゲーをマジメにやっていないんだと思う。マジメにやれというわけではないが、いまでもそういう曲を書いてる人はいるのに、それをすっ飛ばして今のBEMANIはダメだ、みたいなことをいう人がいくらでもいる。曲は相対的に増えたから、死んだかのように減った風に見えるけど、今でもギリギリ残っている。本当にそういう音楽が好きならば、黙ってやれ、と。過去曲でもいいから。そういう曲を出してウケると分かったら、そういう曲を出すようになるからさ。そういう点では、まだ自分の好きな人に対して巨額を払うことを厭わぬAKBファンの方が誠実なんじゃないかな。

 で、LEDのやってしまったこと、っていうのは、ゲーム好きも音楽好きも放っておいて、本当のボス曲をぶつけてきたこと。うーん、いわば「ゲームのメタ的なボス曲」。こういうキャッチのセンスが無いのでなんとも言えないんだけどさ。とにかく、「曲それ自体」をしてボスにしてしまおう、という試みが感じられる。つまり、この曲に噛み付いている人々っていうのは、”まんま”とLEDにしてやられている風にしか見えない。RPGで異形のボスが現れた時、僕たちは必死でそいつを倒そうとするけれど、それを筐体を舞台にして音ゲーマー自身をしてゲームに参画させている。その力の物凄さよ。(そういえば、cinderも叩かれているようなのだけど、そっちは本当に音楽の好き嫌いなんじゃないかな。僕は好きです)それにしても、本人はこれがウケると思ったんだろうか。ウケると思ったのなら大層な変態だし、思ってなかったのならホンマモンのコンポーザーである。
 この曲は、本当に生粋の「音ゲーのボス曲」を目指しているようなきらいがある。前作のエルフェリアとかはいかにも猫又が作った難しいゲームミュージックだし、前前前作の夜叉とかはLEDの難しいテラーコアだった。でも今回は、FFのラスボスのような、なんだか本当にわけのわからぬもの(譜面ではなく曲として)が来てしまった。少なくとも、ゲームミュージックを端緒に音楽に興味を持ち始めた人間にとっては意味不明。そういう意味で、相当なチャレンジなんだ、これは。KONAMIの理念に全く合致した、音ゲーの新しさを探る挑戦だ。
 この曲が冥とか卑弥呼とかいった曲と同様に、歴史的に生き残っていくものかと訊かれたら、そうではない。というか、これって本当にボス曲なのか? ONEMORE EXTRASTAGEじゃない、PENDUALのイベントとして、この曲で最後? まだ何かありそうな気がしないでもないんだけど。第一、KAC決勝の黒ペンもボスと言えないこともない。でも、そう考えると当たり前過ぎる話だが、あの枠に猫又をチョイスしたのは無難に過ぎるディレクションだったと言える。そんでもって、クプロニクルコードという一連のイベントの最奥地に共鳴遊戯を突っ込んだことに、何やら意図をムンムン感じてならない。
 まあ、だから、この曲はボス曲としての役目はじゅううぶんに果たしているというわけです。ボスっていうのは、常に脅威として存在するわけですから。そういう意味では非常にゲーム的で、音楽ゲームというジャンルにとっては、コレ以上にないハマり役な曲。ただ、ちょっとアプローチが違うだけで。
 「こんなのがボス曲だなんてユーザーのことを考えていない」、とかいう批評が来たら、作者はきっと「ハイハイ、すいませんでした、もうしませんから」とケロっと居住まいを正して、次からまた音ゲーらしい曲を出してきてくれるのだろう。そういう清々しさを出してくれたら、ますますこの曲が好きになる。だって、面白すぎるでしょう、そんなの。
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  1. 2015/06/16(火) 18:49:49|
  2. 尋常の日記・雑記
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可児 珊士

Author:可児 珊士
大学生。
元音楽(合唱)部員。旧BASS。
ギターが欲しい年頃。
作家志望。
本陣:埼玉
カラオケ行くと声的な意味で別人化。

アイコンは柊氏より頂きましたΣd(゚∀゚d)

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