弐つの遊戯卓

【五年目】 毎日頑張ってやりくりしていきてます。物書き、音ゲーと合唱やってます。最近DTMとか始めました

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竜の眼差し(前編)

また短編を書きました。50枚を想定してたけど、出来上がったら100枚になりました。あたかも錬金術。
小説家になろうさん(http://ncode.syosetu.com/n9282cs/)にも掲載していますが、こちらにも載せるので、読んでくれる方はお好みの場所で。感想もお好みで。



 昔々あるところに、ひとりの青年がいた。俺である。
 昔々、と言っても別に今が特に昔なわけではないが、物語は基本的に過去形で語られるわけだから、確実に過去のものなわけで、昔というのも、「時間的にさかのぼった過去の一時期・一時点。時間の隔たりの多少は問わずに用いるが、多く、遠い過去をいう」と辞書では言っているので、昨日の出来事でも、一分前の出来事でも昔々である。
 俺はエルージャと呼ばれる一つの都市に育った。
 この世界が唐突にファンタジーと拮抗を始め、リアルとファンタジーという両陣営の狭間で生きることを余儀なくされてから半世紀、エルージャは比較的新興の都市であるから、伝統というものがない。伝統というのはファンタジーであるから、リアル陣営が勝っている何よりの証拠だ。ただ、別にどちらが勝てば良い、という価値判断を人間は持ち合わせていなくて、リアルが勝とうがファンタジーが勝とうが、大きな違いが出ることもないので、大して興味はない。
 そう思っていたわけだから、俺の一族にのみ伝わる秘宝というものがあると聞いた時は驚いた。そんなものはまるきりファンタジーであって、いわばファンタジーのゲリラであった。ゲリラファンタジーだった。その時、俺は15歳で、青年というよりは少年だった。
「なんだよ秘宝って! 聞いてないぞ!」
「いや……俺も最近知ったんだよな」
 親父はそう言って頭を掻く。「うちには代々受け継がれる秘宝があるってことになっているらしい」
「趨勢がファンタジーに傾いてるって本当なのかしらね」
 母親はもう若くもない顔を鏡に突き合わせ、化粧を施しながら言った。つまりまあ、ファンタジーのほうが優勢になってきてるということだ。
 親父も親父でこの件については本当にわからないようで、困ったように身体を揺らしながら、
「一応、お前が18歳になった時に引き継ぐ段取りになってるから……まあ、その時までに身体でも鍛えておけ」
「何それ、重いの」
「重いかも知れない。人と同じくらいの重さだと思うが」
 そりゃ大変だ、ということで、俺は高校に通って冒険部に入部して、それまでぬるま湯に使ってきた身体を鍛え直すことにした。

 冒険部は、ファンタジーとの拮抗が始まってから普及し始めた部活動で、端的に言えばドラゴンクエストとかのマネッこをする。山や海とかいう自然地帯へ赴くのはもちろんのこと、人んちに勝手に入ってツボを覗きこんだり、街の外に出てモンスターを倒して金を稼いだり、なんにもないところを調べて鏡を見つけたりする。それで身体が鍛えられるかというと、知らない間に育っていく。ファンタジーとはそういうものなのだ。
 とはいえ、それが楽ちんかというと絶対にそうではなく、そこではせわしなくリアルが俺たちを走査しては、むごたらしく体力を奪ったり、えげつないトラウマを与えたりする。抽象的な話で申し訳ないが、あまりにぶっきらぼうに言えば、死ぬのである。俺達は常に死の瀬戸際に立たされている。ファンタジーとリアルの拮抗とはつまりそういうことだ。俺はこの三年間の活動で三人の死者を見た。そのうち二人は死体が見つからなかった。ファンタジーに喰われてしまったのだ。
 それが危ない世界かと問われれば、必ずしもそうではない。例えば理由は分からないが、半世紀前に比べて交通事故は随分減ったのだという。交通事故で死ぬはずだった者が、冒険によって死ぬ方へ回されたのだろう。ファンタジーとリアルの拮抗はこんなところにもある、という例で紹介されるに過ぎないものであるが、交通事故で人が死にまくる世界と、冒険で人が死にまくる世界に、どういう違いがあるのか俺にはよくわからない。死者が他人である限り、「飛び出したかなにかしたから死んだんだろう」と、まるで別世界の出来事のように捉えてしまう思考癖の範疇であるのだから、どちらも一緒だ。結局、確率の問題なのだ。
 俺はたまたま生き残って、18歳の誕生日を迎えた。それまでの誕生日は、母親が手作りのお菓子を振る舞う程度のものだったのに、今回は「成人おめでとう」と称して、近所の人達が総出で祝ってくれた。いつの間に成人の基準が18歳になったのかと驚いたし、それを近所ぐるみで祝うなんて初めて聞いたので、俺は終始目を白黒させながら、誕生日会の進行を見守っていたのだった。
「なんでこんな盛大なんだよ」
 俺はお誕生日席に座って、脇に居る親父に訊ねてみる。どこからうちにこんなスペースを引っ張り出してきたのか、居間だった空間にはぎっしりとパーティ用の円卓が立ち並び、めいめいの用意してきた料理が並んでいる。特設ステージでは即興演奏家がギターとサックスをかき鳴らし、プログレッシブな旋律を奏でていた。賑やかなのは間違いないが、身に余るというのが正直なところだった。
「さあ。そうなってるんだからしょうがない」
 案の定親父も、首を傾げてそう言った。
 お陰様で、俺はいつも使わない愛想を振る舞わなくてはならなかった。
「ついにあなたも継承をするのね」
 と言ったのは、うちの近所を総括するフタマさんというお姉さんだった。俺がガキだった頃は、フタマタさんと言ってバカにしていたが、そんな過去のことは水に流してくれる、良い人である。
「何を?」
 心当たりが無いわけではなかったが、俺はとぼけて反問する。
「秘宝、よ。伝家の秘宝」
「うちはそんな大層なお家柄じゃなかったと思うんだけど」
「どんな大企業でも、ベンチャー時代が必ずあるのよ。これから大層なお家柄になるの」
「ファンタジーだなあ」
「ファンタジーよ。皆の夢を食べて肥えるファンタジーは、皆の現実を食べて肥えるリアルよりも、ずっと餌を見つけやすいの」
 現実がリアルを食べるのか、という議論が起こりそうなところだが、「リアル」はそれ自体で一つのタームとして成り立っているから、決して重言ではない。
 しかし、そう考えるとファンタジーというのは圧倒的だ。人間は現実のつまらなさに随分と辟易しているのだから、リアルの食糧難は一つの社会的問題である。それはファンタジーが勢いを増すのも当然の話だ。
「これからはファンタジーの時代になる?」
 そういうわけで、俺がそう問うたのも、無理からぬ話だ。
「何を言ってるの」
 すると、フタマさんは妖しく笑った。「有史以来の人類の歴史は、ずっとファンタジーだったじゃない」

 で、俺はその宴会の最後のプログラムとして、伝家の秘宝とやらと対面することになった。
 城の倉庫から引っ張り出してきたかのように豪華な飾り付けをなされた、大きな箱が目の前にどんと置かれる。(俺が)招いてもいないのに招かれた客達は遠巻きに、「ついにこの時が……」というような感慨を表情に刻みつけ、固唾を飲んで俺がその箱を開くのを待っていた。
 俺はゆっくりと近寄っていって、息を呑み込みながら、その箱をゆっくりと開いた。
 その瞬間、
「ばあ!」
 俺の目の前には女の子の顔があった。明るく映えるピンク色の長い髪と、それに合う真っ白な肌。そして、あどけなさ全開、茶目っ気全開の笑顔。
 ……あまりにも怒涛の展開すぎて、顔のあらゆる筋肉が硬直する。そのまま周囲を見渡す。これは一体なんのドッキリなのだろう。ファンタジーとかリアルとか、そういうのは全部嘘っぱちなのでは? という疑いが、間欠泉の熱湯のように噴出してきた。
 しかしまあ、周囲の反応はピンク色である。ヒューヒュー、と要らない口笛が聞こえ、キャーキャー、と要らない黄色い声が耳奥を突く。辺り一帯、歓声である。今では死にかけの四字熟語で言えば、四面楚歌である。
 声を失う俺に、どさ、と体重がかかる。文字通りの箱入り娘が、俺に抱きついてきたのだ。柔らかく温かい人肌の感触に、俺は一瞬、空を飛ぶかのような清々しい気持ちになったが……すぐに理性を取り戻して、彼女を振り払った。
「誰だよ!」
「なんで!」
 質問と質問が激突する。
 女の子はひどい仕打ちを受けたといわんばかりに瞳をうるうるとさせ、俺が彼女のスキンシップを拒んだ理由を求めてきた。一方俺は、青年ならではの貞操観念から彼女を振り払ったわけで、どこの誰だか分からない娘さんに抱きつかれるだけで、チョロっと落ちてしまうような男ではない、というプライドを誇示するかのように誰何したわけである。
 すると女の子は、辺りをキョロキョロと見渡して衆人環視であることを認めると、さっと顔を赤らめて、ごにょごにょと何か言ったかと思うと、俺の腕を取って走りだした。わけも分からずついていくと彼女はパーティー会場を脱出して、俺の部屋へ無遠慮に押し入ると、俺を押し込んで扉をバタリと閉めた。
「もう、何なの! あの人だかりは!」
 そうしてぷんすかと怒り出す。俺もぷんすかと怒り出したい気持ちでいっぱいだったが、あいにく成人になったばっかりなので心のうちにしまっておくことにした。
「俺の誕生日会に来てくれたお客様方だよ」
「んもう、また会うときはふたりきりでって、約束したでしょ」
 もちろん、そんな約束した覚えは一切無いのだが、ファンタジーの手にかかれば、そんな記憶の捏造などお茶の子さいさいであろうから、不思議なことではない。
「約束なんかしたっけ」
 でも、知らないものは知らないので、俺は訊ねる。すると、彼女は首を傾げて、
「してないっけ」
「してない」
「……というか、あなた誰?」
 しまいにはそんなことを言う始末である。こういう突飛さはもはやファンタジーではなく、打ち合わせ不足のヒューマンエラーに分類されそうなものだ。
「……俺は細村市実っていう。今日十八歳になった」
「イチザネ? ほえー、じゃああなたが私の後継者ってこと?」
「知らん。で、君は誰なんだよ」
「私? 私は伝家の秘宝。名前はまだないの」
「伝家の秘宝なのに名前がないのかよ」
「まだできたばっかりだからねえ」
 この短いやりとりではっきりしたのは、ファンタジー部署で俺達の身辺を担当するヤツは、とんだ行き当たりばったりヤローだということである。仮にそんな奴がいるとしたらの話だが。
「ふうん。じゃ、秘宝の宝をとって、宝子ちゃんで良いか」
「ホーコ? いい感じかも!」
 女の子は手を打って喜ぶ。この価値判断がガバガバな感じ、俺は先行きに不安を覚えずにいられない。
 俺は、ホーコの少女然とした姿(サイズの違う豪奢な布地を一遍に身にまとった、見ようと思えば一国の王女に見えなくもない)を観察しながら、
「それで、秘宝が女の子って、一体どういう了見なんだよ。ファンタジーに食いつくされて、リアルが幼児退行してるのかよ?」
「話せば長くなるのでざっくばらんに言うとね、私はファンタジーとリアルの間の子なの」
「……へえ」
「拮抗している以上仕方なく生まれてきちゃったはいいけど、純粋な肉体の無、観念の狭間から生み落とされたものだから、どこかしらに私の実存が挿入される必要があって、その緩衝地点があなたの家系で、そこに重なった時間の間を縫うように、私は受け継がれて、今ようやくここに現れたってわけなの」
「なるほどな。全然分からない」
 ざっくばらんに言うなら、もっとざっくばらんに言って欲しい。
 するとホーコは困ったようにははは、と笑って、
「まあ、分からない方が良いんじゃないかな。私は代々伝わってきた秘宝、あなたはそれを引き継いだ」
「それで、何か知らないけど、また会うときはふたりきりで、なんて約束を交わしていた」
「それはあなたが、私の前の使用者の生まれ変わり、っていう設定があるから」
「そんな重要そうなネタバレしちゃっていいのかよ」
「設定は設定なだけだし、それ以上の意味は無いよ。隠しておく必要もないしね。しかも、私が誕生したのは、あなたが箱を開けた瞬間のことだし、実際に私は前の使用者に会ったことはないの、そういう記憶があるだけ」
 かなり情報がゴタゴタしてきたが、どうもこの子が生まれたばかりであることは間違いがないらしい。そういう記憶があるのに、それが実際にあったことじゃないと認識するのはどういう気分なのか、訊いてみたい気持ちもあったが、面倒臭かったのでやめた。
 俺はどう見ても生後十数年と思しきホーコという少女の顔を見て、言う。
「まあつまるところ、俺と君は単純に知り合ったっていうわけだな。今、この場で」
「そうそう。そういうわけだから、よろしくね」
「ああ、よろしくな」
 長い長い自己紹介が終わった。主に、この秘宝娘の、だが。
 俺のお誕生日会は俺の退場を以って、すっかり解散ムードが漂っていた。居間に戻ったが、うちの親を含めて誰もいなくなっている。部屋の隅っこで、この界隈の端っこに住んでいる男が、界隈の右よりに住む女に口説かれていた。それがリアルなのかファンタジーなのかよう分からんが、他人の家でよくもまあ、そんな色めいたことに及べるもんだ。居心地が悪くて、俺は気配を立てないようにして俺の部屋へ戻る。ホーコが窓から外を覗いて、はしゃいでいた。
「ほら、花火上がってる! 花火!」
「花火? 何でまた」
 ホーコの隣に寄って行って、外を見てみると、確かに花火が上がっていた。吹き上げ式の花火が、四つ、結んだ線が正方形となるように並べられて、血しぶきみたいに火花を散らしている。中途半端な暗さの中でド派手に散っているその明るさは、過剰に塩をきかせた燻製みたいな気持ち悪さを醸している。
「明日は早起きして、山に行こうね」
 ホーコは、とんと頭を俺の肩に預けながら、そんなことを言った。あまりにも自然、あまりにも当然といったその行為を、無下に振り払うこともできず、その心地良い重さと温かさに対して、子どもじみた緊張を以って返事をした。
「ああ。そうだな」
 そんなスキンシップ、なんてことのないふうに。10年も前から習慣としてやってきたかのように。
 でもそんなのは実感に過ぎない話で、流石にその夜に求められたのには閉口した。確かにホーコは可愛い女の子であったが、かといって俺は別にイケメンでもなんでもないし、映画的な美男美女ならともかく、冒険野郎と秘宝少女という取り合わせで、物語が始まっていないのにエッチなことに及ぶのは、いかがなもんかと要求を拒み続け、最終的には俺が勝つ運びとなって、妥協策として同じ布団で寝ることになった。どこが妥協なのかは訊かないで欲しい。
 しかしまあ、くうくう寝息を目の前で立てられて、謎の良い香りを発せられたとあっては、こちらもムズムズするのを抑えるのに相当苦労した、と言っておかないと妙な勘違いをされそうなので明言しておく。お互い、ガマンする必要もないのに、どうしてガマンしなくてはいけなかったんだろうか。不思議だ。俺は、温もり二倍の布団の中で、息を潜める。

「ねえ、起きて」
 女の子にそう言って身体を揺さぶられるのは、はっきり言って愉楽だ。18歳初の朝にして、早速エロゲーみたいな展開に恵まれるとは思いもよらなかった。
 愉楽に引きずられるように、俺はホーコに引っ張られ部屋を出た。ピンク色の髪の毛が、きゃっきゃと戯れるように揺れる。その艶といい色合いといい、それはあからさまに人工物だった。だけど、こうしてふわふわと上機嫌に動き回るその髪を見ていると、最初から自然のものなんて無いんじゃないかと思えてくる。そう考えると、ファンタジーとかリアルとかいうものの拮抗なんてものは、水と油が境界線の場所を巡ってじたばたしているようなものなのかも知れない。
 ホーコがドアを開け放って外にでると、なんと空は真っ暗だった。未明だったのだ。それを知って、俺はようやく目が醒めた。
「おいおい、早起きにも度ってものが──」
「山に行くって約束したもーん」
 ホーコはそう言うと俺の腕を掴んでいた手を離し、ずんずんと山へと向かっていった。
 うちの近所に山はひとつしか無く、フタマさんの所有する山である。ここには植物しか生えていなくて、動物は鼠一匹どころか、ゴキブリ一匹存在しない。フタマさんが入念に駆除しているからだ。理由は知らないが、きっと彼女はリアルに栄養を与えたいんだと思う。そんなに高さもないから気候の変化なども無いし、土地も安定しているので崩れる心配もあまり無い。そんな危険がすっかり排除された山なので、週末に公園へ来る感覚で訪れる人たちが多い。
 とはいえ流石に、こんな時間に来る人はいない。俺は半分呆れながら、ホーコに続いて山に立ち入っていく。
 人間だけ入ることに許された森林は、冷たく俺たちを迎え入れる。彼らだってきっと温かい空気で迎えてやりたいんだろうが、温かくするとフタマさんに刈り取られてしまうから、渋々冷たさを装っているのだ。生きるためには仕方がない。
 中腹くらいまで来て、ホーコはふいに立ち止まった。そして、まるで後輩の少女みたいな悪戯っぽい佇まいで俺を見据えて、
「素直についてくるなんて、カワイイですね。生まれて最初に見たものを親と思い込むアレみたいな──」
「生まれて最初に俺を見たのは君の方だろ」
「あら、刷り込まれちゃいました」
 そういう台詞を、真顔で言う神経がよくわからないが、そのお陰で救われた感じはする。
 それからホーコは、両手を背中に回して、舐め回すような視線を俺に向けた。リードを取っているようで、その実あまり余裕のない年上キャラが、とても丁寧に告白をするような口ぶりで、
「実は私って……ただの女の子じゃないの」
「知ってるよ」
「あなた専用の武器になることができるの」
「それは知らなかった」
 今度は、俺が真顔になる番だった。
 冒険部で何故死人が出るか。それは武器を持っていないからだ。昔の冒険小説とかゲームとかと違って、俺達にはナイフ一つ持たせちゃくれない。そういう状況で、ファンタジーの生い茂る山とか海とかいう自然に乗り込んでいくのだから、それは死人が出るのは当たり前だ。ナイフがあったところで、太刀打ち出来ない脅威もあるが、それでも無いよりはマシ。俺があの部活で培ったものは、単純に命の可能性がある方に飛びつく取捨選択の能力、そしてその能力をできるだけ集団内で調和させていく能力だ。だからといって、俺は空気が読めるというわけでもない。
 そんなご時世で、この女の子が武器になるというのか?
「なるんだよっ!」
 ホーコは断固として断言する。「だって私は秘宝だもん!」
「確かにそうだった」
 忘れかけていたが、「伝家の秘宝」という言葉の凄さよ。「民族浄化」並の回転の良さがある。
「じゃあ、今から変身するから見ててよ。いいね?」
「いいのかよ、見てて」
 俺は一応、確認する。普通、魔法ナントカ系の変身シーンというのは、女の子の裸を(或いはメタファーとして)合法的に映写するものと記憶しているが。
「うん、いいよ、見てて」
 そんなそっけない返事をもらって、愚問だったと気づく。対面した直後に性交渉を迫ってくるような奴に、そんなナイーブな貞操を期待するのが間違っていた。
 その時、ブッ、と音量上げっぱなしのアンプの電源を入れたような音がしたと思ったら、目の前から少女の面影が消えた。まるでそういう編集がなされたかのように、そこに誰もいない空間が生まれ、次の瞬間にサッ、という地面に何かが突き刺さったような音がする。
 アーサー王を待つエクスカリバーの様な出で立ちで、俺の目の前に現れたものは、一本のロングソードだった。未明の暗い森の中だというのに、その刃は気味の悪いほどに目立っているが、宝飾品じみた優雅な雰囲気がある。
 俺がぽかんとしてロングソードに見とれていると、どこからともなくホーコの声で、
「何してるの! さぁ、私を手に取って!」
「そのカッコで喋れるのかよ……」
 そこでやっと声を出すことが出来た。不気味なことこの上ない。俺は未明の山中で何をしているんだろう。
 俺はロングソードと化したホーコに近寄って行き、その無骨な金属製の柄に手を伸ばした。そして、そっと掴んでみる。ふわり、と温かい何かが手の内に広がった。
「きゃあああっ!」
 すると同時にホーコが甲高い音を、そのまんま金属音のような声で悲鳴を上げた。俺は耳元で拳銃をぶっ放されたように驚いて、反射的に手を引っ込める。
「な、なんだよ!」
「どこ触ってんの! エッチ!」
「他にどこを持てっていうんだよ!」
 どう見ても持ち手である場所にそんなデリケートゾーンを持ってくるなんて、後先考え内にも程がある。二秒先も見えてないんじゃないか、この子は。というか、人間の体に見立てると、どういう格好で剣になってんだよ、これ。俺はどこを持てばいいんだよ。
 試しに刀身を指で弾いてみた。特に反応はない。カツーンという、本当に武器なのかわからない音を出した。それだけ。指先でこすってみても何も言われない。つつ、と金属特有の冷たさが伝わってくる。凶器の部分は触られても平気らしい。そのまま刃に触れてみたところ、何も言わずに俺の指を傷つけた。破れた皮膚の隙間から、一筋の暗い血色がつるりと流れていく。
 次に鍔をつまんでみると、ホーコは「ふふ」と小さく笑った。くすぐったさからというよりは、そこに宝物はありませんよ、とでも言う風な悪戯っぽい笑いだった。試しに撫でてみたけれど、それ以上の反応は得られなかった。その時、唐突にあのピンク色の髪のことが想起された。この部位は彼女の頭部なのか。分からない。
 そして、グリップを握るとやはりホーコは抵抗した。
「ちょ、ちょっと! そこはダメだって!」
「何でだよ」
 俺の手を切り刻みたいのか、こいつは。俺は構わず、地面からホーコを抜こうと力を込める。
「ひゃあああっ! ああっ、ちょっと、ホントにそこはダメなんだって!」
「悪いとは思ってるけど、俺はここ以外がダメなんだよ」
「そ、そんなのってないよ! ふああああ!」
 艶かしいよりもむしろけたたましいくらいの喘ぎ声を聞きながら、俺はロングソードのホーコを引き抜いた。驚異的に軽かった。レイピアくらい軽いんじゃないか。レイピアなんて持ったこと無いけど。
 ぎゃあぎゃあ騒ぐホーコを無視して、俺は素振りをしてみる。こんなに軽いのに、空気を裂く音に立体感がある。よくあるファンタジー系漫画の剣士みたいなカッコイイ振り方はできないが、それでも振り回しているだけでどんな脅威にでも対抗できるような気がした。
 そんな風にちょっとした高揚感の中で適当に素振りをしていたら、唐突に猛烈な勢いで地面に押し倒された。ひんやりとした地面の感触が背中にドッと押し寄せ、視界がくるりと回って一瞬真っ暗になる。
「も、もう……ちょ、調子に乗るな!」
 直後に、俺の倒れた身体の上に、ホーコがぜいぜい息を吐きながら馬乗りになってきているのが分かった。突然に変身を解いたからこうなったらしいけど、このカッコはどうなんだ。
「ああ、悪かったよ……」
 しかし、ちょっとグッと来た。乱れたピンク色の髪が、ちょっといやらしい。俺はわけも分からずに謝る。
 その時、人の気配が近づいてきた。敏感にそれを感じたホーコがまず、俺を蹴り飛ばすようにしてパッと身体を離す。突然の下腹部の痛みに俺が身悶えしているところへ現れたのは、この山の所有者であるフタマさんだった。
「こんな時間に山の中でいちゃついてる奴がいるかと思ったら、アンタ達か」
「え、聞こえてた?」
 俺が訊くと、フタマさんはふふ、と笑い、
「わたしの耳にだけね」
 機嫌は良さそうなので、ホーコの喘ぎ声に起こされたわけではなさそうだ。
 フタマさんはホーコの方を向き、その全身を観察するように眺めた。その視線に射すくめられたヨーコは、呼吸音を引っ込めその腕で自分の身体を抱く。
 やがて、フタマさんが一言。
「まだまだ、これからね」
「は、はい……スイマセン……」
 ホーコはうなだれた。師匠とその弟子みたいな出で立ちだった。なんというか、そんな場面を見せられては俺も悪いことをしたような気分になってくる。
「いや、俺もよく分からなかったから、ぶんぶん振り回しちゃって──」
「うん、あなたはそれでいいの。後継者なんだから。でも、この子は秘宝なんだから、秘宝らしく振る舞ってもらわないと」
「はい……」
 ホーコが更に縮こまる。なんだこれ、俺はどうすればいいんだろう。
「夜が明けるまで時間があるから、それまで必死で練習することね」
 フタマさんはそれだけ言い残して、山を下りていった。何しに来たのか俺にはさっぱり分からなかったが、ホーコはフタマさんの後ろ姿をじっと見つめていたと思ったら、急に真剣な表情になって、
「もう一回やって!」
 と、要求してきた。別にふたりきりだからいいが、もっと別の言い方はできないもんか。そう思いながらも、俺は首を縦に振る。さっきと同じようなグリップを握りしめて、振りかざす。
「んっ……、あっ、も、もう、ちょっと……したのほう……も、持って……ん」
 さっきよりも大人しくなったけど、これはこれで問題ではある。というか、柄をそういうデリケートなところにするなよ。

 俺は秘宝の正式な後継者ということで、18の誕生日以降、なんにもしないで暮らしていた。大学にも入らなかったが、それはどこか親から無言の圧力をかけられていたようではある。家は広いが、別に裕福ではないから、今や法外に膨れ上がった学費を払えるだけの余裕はない。大学の冒険部に入ることができれば、もうちょっと探検範囲が広がるのであるが、まあ、しょうがない。ファンタジーに高等教育機関は必要ない。
 ホーコにはもともと物置だった部屋があてがわれたけれども、大抵俺の部屋で過ごしていた。日が暮れている間に山に篭って訓練をする以外の時間は、大体漫画とか小説を読み耽って、たまに思い出したように俺にくっついてくる。
 どうしてそんなにべったりなんだと訊いたことがあった。
「今まで言ってなかったけど、私はキミのこと大好きなんだ」
 とびきりの笑顔で答えてくれた。どうしたものか。
「俺のどこがいいんだよ」
「一人称が『俺』っていうところ」
「じゃあ今日から私って言うことにするってしたら?」
「やだぁ」
 そう言って彼女はキスしてくるのである。声にならない声を漏らしながら、俺から『俺』が抜け出さないように、口で口を塞ぐ。じんわりと温かい舌が口内に這ってきて、甘い芳香を口いっぱいに充満させる。
 初日こそしなかったものの、それからは定期的に例の営みもするようになった。どうして18の誕生日の夜にしなかったのか不思議なくらいだ。目をはしたなくとろとろとさせて、綺麗に整った唇の端から舌をはみ出しぬらぬらとさせて、ピンク色の髪を揺らすホーコの姿は、果てしなくエロかった。胸を触ろうとすると最初は嫌がるのに、ノってくると無意識に俺の手に押し付けてくるようになるのも可愛かった。
 俺が19になって、ちょっとだけ経ったある日、ホーコはフタマさんとの関係について教えてくれた。
「フタマさんにも武器になれるパートナーがいたみたいなの」
 椅子に腰掛けて、サンドイッチを角から削るように食べながら、彼女は言う。
「それがある日、どこかへ行っちゃって、竜になったとかなんとか言ってた。それで、もう会えなくなっちゃったから、その人の代わりに私を生み出して、君に託したんだって」
「ナニモンなんだよ、あの人」
「よくわからないけど、ファンタジー最前線で戦ってるよね。リアルが嫌いなのかな」
 ホーコは紅茶を一口飲んでから言った。そうして、静かにカップを机の上に置く。俺は布団に横たわって、そんな彼女を眺めていた。
 18歳誕生日翌日に始まった例の訓練は、隔日で続けられていき、半年経ってようやくホーコはグリップの位置から自らの性感帯をズラすことに成功した。お陰様で、ようやくアオカンに励んでるカップルみたいな体裁から脱出できたわけだ。それから19になった翌日にベルトと鞘もオプションとしてついてくるようになる。一応ここまできて、ようやく人前に出れるようになった。いくらファンタジーが優勢とはいえ、刃をちらつかせて町中を歩けばすぐに警察がやってきてとっ捕まるからだ。まあ、少女の姿でいればいいじゃないか、という話ではあるのだが。
 それからというもの、俺達は一人前のカップルよろしく、デートめいた遊びを散々した。実際、訓練は割合厳しく、月並みに言ってしまえば挫けそうになったことも何度もあった。その度にセックスして一晩寝ることによって、ネガティブな思いを追放していたわけで、それを描写して皆様が楽しいかどうかは不明なのでそれは割愛する。それでも曲がりなりにも苦労を偲んできたわけだから、その反動は大きかったわけだ。スピルバーグやジブリの映画を片っ端から観たり、劇場に何度も足を運んで同じ映画を何遍も観たり、古本屋で文豪の全集をどっさり買ってきて、二人で一日中読んだり、おおよそカップルらしからぬ日常だけど、実のところ俺達はカップルではないので、別にいいんじゃないかとは思う。
 王道であるテーマパークには三回行った。「あのキャストの持ってる模造刀と私だったら、どっちが好み?」とかおっとりと訊かれたものだから、俺は即答でキャストの持ってるサーベルだと答えたら、ものすごいショックだったらしくて意気消沈、その晩はデザインを整える特訓に費やした。お陰様で、前よりはずいぶん見てくれは良くなったが、もうやりたくない。

 そんな生活が、俺が二十歳になるまで続いた。
 ご存知の通り、ホーコは性格が安定しなくって、ちょくちょく喋り方や気性が変わるが、実のところ俺がそれに気がついたのは二十歳になる直前だった。
 そのことを指摘したら、
「でも、そんなの私だけじゃないもん。みんなそうだもん」
 と、頬を膨らませた。俺はとくに反論しなかった。
 で、そんなやりとりを済ませて無事に二十歳になった俺に、親が手渡してきたのは一枚の招集状だった。送り主はフタマさんで、ざっくり言うと、うちに来い、というような内容だった。ちなみにざっくり言わないと、さっさとうちに来い、という感じだ。
 俺はちょっと尻込みするホーコを従えて、フタマさんの家へ向かった。いつも訓練していた山の麓にフタマさんの家はある。中流階級じみた一軒家の他に、物置にしているのかよくわからない水車小屋があって、そこを川がぷかぷかと流れている。その川にはどこからやってきたのか鯉がたくさん棲んでいて、フタマさんお気に入りの子どもたちが彼らにパンくずを分け与えていた。
 呼び鈴を鳴らすと直ぐに扉が開き、フタマさんが顔を覗かせた。昔から慣れ親しんでいる俺はふてぶてしく敷居を越えたが、ホーコはちょっと躊躇うような素振りを見せて「お邪魔します」と小さく言って玄関にあがった。
「久しぶりね」
 居間のソファに腰掛けたフタマさんが言った。確かに、会ったのは半年ぶりくらいだった。
「あの大仰な招集状は何なの?」
 俺が間髪入れずに問うと、フタマさんはちょっと首を傾げて不敵に笑った。
「あなたの誕生日祝いよ」
「ああ、それはどうも」
「二十歳といえば、リアル的に言ってもう成人よ。二年前がファンタジーのだったから、二度目の成人ね。だから、あなたはハンターとして活動できる年齢になったわけ」
「ハンターってなんだよ」
 そのファンタジー臭い用語に、俺は顔をしかめる。フタマさんは行儀よく膝の上で手を組みながら、ソファに深く身を沈めた。
「そのまんま、狩人のこと。ファンタジー側の要請で誕生したジョブよ。リアルではもうすっかり需要が減ったけど、最近は火を吹くトカゲとか、火を吹かないドラゴンとか、いろいろとごちゃごちゃしてきてねえ。そういうのを片っ端から退治して、結び目を解く仕事をハンターは任じられるわ」
「食料にするのが目的じゃなくて、退治が目的?」
「食糧危機なんて、拮抗が始まる前に解決した問題じゃないの。それよりも、そういうバランスを取る作業がこれからは必要になってくる。それを、あなたにお願いしたい」
 そこで、沈黙が降りた。俺が横目でホーコをちらりと見ると、彼女はどこか浮ついたような視線を向けてきた。バレンタインデー直前の女子高生みたいで、本当に武器に変身できる秘宝なのか疑わしい。
 まあ、どうやら、この空気が俺の回答を待ちわびるものらしいことは分かった。
「やるよ」
 だからさっさと肯定すると、フタマさんは相好を崩してみせた。もしかしたら初めて見るかも知れない、和やかな顔だった。
「だと思った」
 もしかしたら俺はこの人に育てられていたのかも知れない。すぐそこの川を泳いでる鯉みたいに。
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  1. 2015/06/24(水) 19:41:11|
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プロフィール

可児 珊士

Author:可児 珊士
大学生。
元音楽(合唱)部員。旧BASS。
ギターが欲しい年頃。
作家志望。
本陣:埼玉
カラオケ行くと声的な意味で別人化。

アイコンは柊氏より頂きましたΣd(゚∀゚d)

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