弐つの遊戯卓

【五年目】 毎日頑張ってやりくりしていきてます。物書き、音ゲーと合唱やってます。最近DTMとか始めました

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竜の眼差し(後編)

http://ncode.syosetu.com/n9282cs/)でも同内容を掲載。

 そういうわけで、俺はホーコとフタマさんと共に生まれ育った街エルージャを出ることになった。
 俺達はすぐに出る準備ができたが、割とこの街の行政に入り込んでいたフタマさんは、その引き継ぎやらがあるということで、一週間ほど待たされた。その間にすることと言ったら、ホーコが勝手に借りてきて延滞しまくっていた図書館の本の返却、……はまあ、いいとして、地元の冒険仲間(卒業してからはただの友達だが)に別れを告げることだった。連中はある程度手に職をつけて、家族ごっこみたいな家庭すら持っている奴も居たが、誰一人としてハンターなる職の存在は知らなかった。だから、俺がハンターになる、と言ったところで目を点にして、
「漫画の読み過ぎか?」
 と、訊いたものだった。それからさっさとハンターなる漫画じみた職には興味を失って、ホーコについて根掘り葉掘り訊いてくる。こういう奴らには、「親が秘宝と称して準備した許嫁」とか適当なことを説明しておいたが、桃色髪のミステリアスな(少なくとも外聞では)少女は、興味の的となるに決まっている。
 旅立ちの前日、飲みから帰った俺を出迎えたホーコは、今までずっと着ていた服を脱いで、バスローブなんぞを着てブランデーなんぞを飲んでいた。別段色っぽくも艶っぽくもないが、初めてそんな洋風かぶれな姿を見たので、俺は呆気にとられた。
「リアルだな」
「文明開化ってやつさ」
 ホーコはおどけたように言ったが、呂律が回っていないので却って真面目に見えた。

 翌朝、迎えに来てくれたフタマさんと共に、両親を始めとする俺の18の誕生日会に来てくれた面々に見送られて、俺達は出発した。そういえば、本当にあんな盛大な誕生日会だったのはあの時だけで、19、20の誕生日は何にも無かったな。別に構わないんだけど。
 エルージャを出てすぐタクシーを拾い、隣の新都市ライナーにて新幹線に乗り込んだ。初めてこんなリアルな乗り物に乗ったホーコは大はしゃぎで、内心わくわくしていた俺すら冷静になるくらいテンション高く、席に荷物を置くやいなや、探検してくると言ってどこかへ行ってしまった。シートに腰掛けた途端にフタマさんは寝始めるし、俺は窓際に寄って流れていく風景を見ているほかなかったが、意外とこれも面白かった。
 少しして、ホーコが見るからに不貞腐れて戻ってきた。
「どうしたんだよ」
「いいえ、なんでも……」
 そう言いながら自然に俺との距離を詰めて、というか俺を押しのけるようにして窓の外を眺めはじめた。よくわからないが、思ったよりも面白くなかったんだろうか。
 それから一時間ほどで、東京に着いた。ホームに降り立って、思ったよりも人が多いのに驚いた。
 改札を抜けて、電車に乗り換える。そこでフタマさんが思い出したように、
「出自を訊かれたらエルージャじゃなくて、群馬の桐生市から来たって言うのよ、いいわね」
「何で群馬?」
「リアルな地名だからよ」
 新宿から地下鉄に乗り換える。人が多いのもそうだが、街というものがびっちりと輪郭に覆われているのに、頭がクラクラしてきた。ホーコは平気そうで、ブティックのショーウィンドウの前で時たま停まって目を輝かせている。彼女のピンク髪に、行き交う人々はちらちらと視線を寄せるので、何だか俺の方が気恥ずかしかった。
 生まれて初めて地下鉄に乗る。感想は特に無い。ホーコは真っ暗な窓の外をずっと眺めていて、フタマさんはずっとスマホをいじっていた。俺はどうしようもなくて、ホーコと一緒に窓の外を眺めていたが、どす黒い壁が順繰り流れていくだけで、何にも面白いところはなかった。
 地上に出ると、ホーコがくしゃみをした。ホコリがスゴイのかと思ったが、そうでもないらしい。フタマさんのもともとの家の近くを流れていた川を6つ並べたくらいある幅の道路に、びっちりと車が詰まって信号が変わるのを待っていて、それと交錯する道路をせわしなく車が通過していく。「あ、セダン」と、ホーコが小さく言う。ホントかよ。
 エルージャのうちの内装みたいなタイルが敷き詰められた歩道を数分行って、大きなビルにフタマさんは入っていった。俺とホーコも続いていく。エレベーターに乗り込み、降りた階の目の前にある無人のオフィスに入ってやっと一息。時刻は昼を回ったところだ。
「ガチガチのリアリティね」
 フタマさんは今までずっと息を我慢していたかのように、そう言った。
「それで、俺たちはこんな都心で何をすればいいんですか?」
「仕事はいくらでもあるわ」
「火を吹くトカゲとか、火を吹かないドラゴンとか、どこにいるんですか?」
 ホーコがパタパタと自分の手で顔を仰ぎながら訊く。するとフタマさんは手近な椅子に腰掛けて、
「これから作るのよ」
 女社長さながらの表情で言った。

 俺とホーコは真夜中の池袋をぶらぶらしていた。そう書いてしまうと、酔っ払ったカップルがラブホでもなんでも探しているように思われてしまうが、実のところ俺は一人で歩いていて、ホーコは腰の鞘に収まっているので、まあ、ただの独身の酔っぱらい。というか酔っ払ってすらいないので、俺の見てくれは何処も実質に忠実ではない。しかもいる場所はオフィスビルの屋上なのだから、ここまで来ると突っ込みどころしか無い。
 俺の目の前では、大きなトカゲが火を吹き続けている。トカゲというか、コモドドラゴンである。彼らはリアルの子どもであるのだが、何故か火を吹くとかいうファンタジーをしている。なので、ハンターである俺のところへ依頼が回ってきた。
 この妙ちくりんな謎の存在が、本当にフタマさんによって作られたものなのかはよくわからない。でも、いくらファンタジー最前線の人でも、こんな存在を作ってしまえばリアルに対する宣戦布告と何も変わらない。だから、流石にそんなことをしないとは思うのだが。
 俺はロングソードであるホーコを引き抜く。東京の夜の中でも、こいつはギラギラと輝いている。エルージャの未明だろうが東京の夜だろうが、同じ空の下であることに変わりはないのだから、当たり前の話なんだが。
「あいつ、火吹いてるよ!」
「見りゃ分かる」
 お決まりのやり取りをした後に、俺はコモドドラゴン(火)に向かって用心深く近づいていく。間合いに入るか入らないかのところで、相手は火をこちらに向けてぶおっと吐いてきた。慌てて飛び退ってかわす。あんなガスコンロみたいな火だが、皮膚がむき出しになっている場所へ直撃するとシャレにならない。
 どうしようかと考えあぐねていたら、
「私、耐火性抜群だし、ゴリ押ししようよ!」
 と、ホーコが提案してきたので、そうすることにした。
 もう一度コモドドラゴン火属性に近づいていくと、例によって首をこちらに振り向け、口をカッと開いて火が噴き出してきた。その火を斬るようにホーコを振り下ろすと、するとまあ、見事に火が裂けた。べろん、とチーズのように剥けた火は俺を避けていき、ホーコはそのままコモドドラゴンの喉奥に突き刺さる。
「きゃあああああ!」
 手応えを得たその瞬間、ホーコが悲鳴を上げた。俺は嫌な予感がして、
「大丈夫かっ!」
「トカゲの気持ちを代弁してみた」
 割と本当に腹がたったので、そのまま思い切り地面に切っ先をぶつけてやった。カンッと乾いた鋭い音と、「いったぁい!」という悲鳴が夜の池袋に染み渡っていく。

 火を吹く爬虫類が都会の高地に出現するという非現実を、ファンタジーの進出というのか、リアルの欠損というのかよくわからない。少なくとも、東京かその周辺に住む人達は、俺達以上にファンタジーとリアルの拮抗についてあまり関心がないから、リアルの無敵を信じて疑わない。よくわからないロジックだが、そういうわけでどちらかというと、ファンタジーの諜報的戦略が功を奏していると判断するのが妥当かも知れない。
 フタマさんは明らかにファンタジーに傾倒しているけれど、傾倒することで即ちファンタジーが現前するというわけでもないから、今、事務所でホーコが餌を与えている子どものドラゴンについては、自然発生したとしか言い様がない。ただ、リアルを信じて疑わない人たちにとって、このドラゴンは犬猫にしか見えないだろうし、第一鮭を川で取るドラゴンが居るなんて想像するんだろうか。まぁ、想像可能なことはいつか実現するが、現実が想像に先行する事例は無数にあるから、必要のない想像ではある。
 この小さいドラゴンは、俺が某所の山奥で鹵獲してきた。別に何も難しいことはなかった。探検部の経験があったからということになるんだろうが、実際この程度ならば誰だってできたんじゃないかと思う。
 俺達は川でクマと一緒に鮭を取るドラゴンを見つけてしまった。そこに漂う異常な調和をぶち壊すのは気が進まなかったが、仕事なので仕方がない。ドラゴンは抵抗せず、むしろ打合せてあったかのような物分かりの良さで俺達に同行してくれた。が、問題はクマ達であって、自分の子どもを盗られたような勢いで襲いかかってきた。
「ガオーッ!」
 と、叫ぶ短剣が無かったらどうなっていたことか。襲ってきた一頭の首筋をざっくりと切り裂いたところ、他のクマたちは唐突に勢いをなくして、異端な空気に触れてしまったかのような具合に立ち去っていった。
「血まみれだあ。シリアルキラーみたいでカッコイイ」
 麓まで下りてきて少女に戻り、子ドラゴンを抱きかかえたホーコは俺を見て笑った。子ドラゴンは火の代わりにちろちろと舌を覗かせて、ホーコの手の中にすっぽりと収まっている。一見、爬虫類のようだが、それにしては温かい。人間が動物の死についてシンパシーを得るには、体温が重要な役割を担っているとどこかで聞いたことがある。コモドドラゴンをこいつはあっさりと殺したけれど、この子ドラゴンを殺せと言われたら、躊躇ってしまいそうだ。いずれにせよ慣れの問題なのだろうが。
 帰りはフタマさんが迎えに来てくれた。どっかから借りてきたらしい乗用車を、夜中の高速道路に走らせながら、後ろで子どもドラゴンと遊ぶホーコを横目で見る。
「……クマを殺した?」
「やむを得なかった」
 助手席の俺が、静かに告げる。未だに、着ているパーカーは返り血で汚れていた。合流していの一番に、「あとでファブリーズしておけいてね」、とフタマさんに言われたから、なかなかにクサイらしい。
「狩人になられると困るわ。ハンターでないと」
「ハンターを名乗るなら、このドラゴンも仕留めたほうがいいんじゃないのか」
「いいえ、この子はうちの事務所で育てるの。大きく育ったら、いいアシになってくれるわ」
「ああ、そうだな。こんなレンタカーよりはマシだ」
 東京の空をドラゴンが飛んだら、自衛隊に撃ち落されそうな気がするが、いずれにせよとんだファンタジーである。

 そういう活動をしていたら、いつのまにか俺のハンターとしての知名度はぐんぐん伸びていった。最初は新聞に広告を出したり、ウェブサイトを作ったり、営業の電話をかけまくったり、涙ぐましい努力があったらしいのだが、フタマさんは案外そういう事務仕事を地道にやるのが得意らしく、それがようやく実を結んだ、と他人事みたいに言っていた。
「いつもお世話になっております、『エルージャ狩人新社』でございます」
 なんていう風に電話を出るフタマさんの板の付きっぷりは、正直気持ち悪かった。そんなやり取りを長く聞いているうちにエルージャという故郷の地名が、実は元から会社の名前だったんじゃないかと思えるようになってきた。
 俺はクライアントから依頼を受けたら、まず地下鉄に乗って大まかに移動する。ホーコは乗合にいると猫を被ったようにおとなしく、どちらかというと仕事仲間というような風情で行動を共にしていた。プライベートとの態度のギャップに、俺はらしくもなく動揺したりする。
 戦う相手はたいてい4足歩行動物で、一番小さくてアリだった(コイツは昆虫だが)。このアスファルトを融かしてしまうアリは、果たしてファンタジーの産物なのかリアルの産物なのか。予め米軍の資料を参照していたホーコが、火炎放射器となって(武器ならなんでもありらしい)一帯を焼け野原にするという、おおよそギャグとしても笑えない手段を選んだけど、クライアントは満足していた。どうせ明日には元通りになっているから、って。
 ここ最近で一番危険だったのは、人間だった。俺はまさか人間を殺すことになるとは思わなかったが、あらゆる哺乳類の筋肉をごっちゃにして練り上げたという「かまぼこ人間」は、どちらかというとSF的な存在だ。クジラか何かの骨を削って作り上げたボーンブレード(?)は、むちゃくちゃに振りが速くて、謎のフラットさを誇るロングソードでなければ対処できなかった。最終的に「ムカついた」と呟いたホーコが急激に本気を出して切れ味を倍増させ、相手の獲物もろともすっぱり切断してしまった。いきなりそんなことをされたものだから、俺は大きく姿勢を崩してしまい、ロングソードはご存知諸刃の剣なので、危うく足首を切り落とすところだった。
 ある日、事務所に戻ると、バイトの鋤崎くんという高校生が入っていて、フタマさんに紹介された。彼からは清潔感のある、奥ゆかしい印象を受けた。彼はずっとホーコの方をチラチラ見ていて、ホーコはその視線に呼応して、桃色の髪を揺らしてみせる。俺はその無言のやり取りを見て、なんだか心もとなく思うのだった。
 ホーコは東京に出てきてから、俺にべたべたしなくなった。まあ、俺達はカップルでも何でも無くて後継者とそのモノという関係なのだから、それは別に構わないことなのだが、そんな急な変化を不安に思うところの方が多い。
 だから、それについて指摘してみたら、
「ううーん、なんだろう。エルージャに居た頃は浮足立った感じで、君のそばに一秒でも長くいたいと思ってたんだけどね」
「今は?」
「どっちでもいいのかも」
 それ以来、非番でも別行動を取ることが多くなっていた。別段、ホーコが鋤崎くんとそういう関係になるのはそれはそれで結構だし、面白くも思うのだが、もどかしいという気持ちも正直なところだった。よくわからない、という方が正確か。

 ネットで急に「そいつ」のことが話題になり始めた。
 名づけて「ドラゴン」である。最初はうちにいる子どもドラゴンのことかと背筋が粟立ったが、よくよく情報を見ていくと全然違う。まず生息地は五元の塔の方面である。これは、品川から新幹線で2時間ほどの位置の場所にそそり立つ塔で、典型的なファンタジーによる産物だ。
 で、それだけが確定している情報。それ以降はあらゆる噂もあやふやである。そもそもドラゴンなのかどうかもわからない。
《バカでかいらしいぞ。五元の塔の二倍くらいあるらしい》
《放射能光線を吐くらしいで》
《ゴジラじゃねえんだから。ただの火炎だろ》
《吐くのはカニだって。ばっちゃが言ってた》
《普段は人の姿をして暮らしているらしい》
《シカだろ》
《シカがあの方面に住んでるかよ》
《バカ》
《ドラゴンが来たら東京壊滅、関東民ざまぁwwwww》
《陰謀だ。その大型兵器によって日本はすぐに占領されるだろう》
《神なんだろ。世界滅亡だよ》
《っていうか、具体的な被害が出てる地域があるわけ?》
《横から失礼します、真剣な議論の場所で「バカ」などという非生産的なコメントはどうかと思います》
《リアルとファンタジーの拮抗に関連してんのかな?》
《ドラゴンなんてものをファンタジーが想像できるわけないだろ》
《ファンタジー厨が湧くのを見て、夏を感じる》
《津野田クリアちゃん可愛くない?》
《ドラゴンちゃん擬人化しようぜ》
 よくわからないが、載っている情報は全て想像の域を出ていない。何か被害があったことすらわからない。しかし、そのドラゴンというものの影響で、東京という街全体に奇妙な緊張感が生まれつつあった。
 鍬崎くんが、ネットに散らばる情報を集めて教えてくれたが、どれもこれも与太話に過ぎなく、余裕で矛盾が生じまくっている。それでもフタマさんは丁寧にファイリングを続けていき、俺も負けじと放課後の高校生が集まる店や夜のクラブに入り浸り、色々と情報を探っていた。その間に、ホーコは鍬崎くんを映画に誘っていたらしく、次の休日に二人でハリウッド映画を見に行ってしまった。
 俺はなんとなくこのドラゴンのことが気になったから、休日出勤をしたところ、何故か出勤していたフタマさんに笑われた。
「嫉妬してるのね?」
 どうやら、ホーコがいないから落ち着かなくって、出勤してきたものだと思われているらしい。
「してない」
「ふーん、それなら私とデートしない?」
「生憎、年上はタイプじゃないんでね」
 本心を言うと、「つまらないコね」とうんざりとした風に言われた。フタマさんは別に美人ではないし、そうでなくとも10歳年上はキツい。
「じゃあ、しょうがないわ。仕事しましょう。飲み屋で口コミを聞くのよ」
「手当がつくならいいけど」
「もちろんよ。ゴム代も出してあげるわ」
「バンジージャンプでもするのかよ」
 この人、欲求不満なのか。どっちにしろぞっとしない話だ。
 ……数十分後、俺達は渋谷の高そうなホテルの騒々しいバーに居た。俺は酒は飲まないしタバコも吸わないのだが、どっちも嗜むフタマさんが楽しそうにそれらを摂取するのを眺めていた。
 俺は周りを見渡してから、
「聞き込みしないのかよ」
「いいの。それより、あなたに伝えておかなくちゃいけないことがあって」
「何」
 すると、フタマさんはスマホを取り出して、危なっかしい指使いで操作した。それからとろんとした瞳を俺に向けて、しっかりとした口ぶりで言う。
「明日、政府から正式の通達が来るわ。あなたに、ドラゴン調査の依頼が来ているの」
「……俺がドラゴンを?」
「そう。今まで調べてきた情報をまとめて防衛庁に送ったの。そうしたら、是非とも我が社に調査を依頼したいって通達が来てね。そういうわけで、五元の塔へ、あなたとホーコが派遣されるわ。国民の血税で新幹線に乗れるなんてラッキーじゃない」
 口笛を吹き出しそうな様子のフタマさんに、俺は身を乗り出して問う。
「五元の塔って……エルージャより更に深淵の方だよな」
「そう。ファンタジーのふるさととも言える場所に近いわ。まあ、あのエルージャの高校の冒険部に入って生き延びたのだから、ホーコと一緒なら死ぬことはないんじゃないかしら。最優先事項はドラゴンの調査、可能であれば殺害し、身体の一部を持ち帰ること。前金で一千万、有力な情報一つにつき一億、殺害に至った場合は十億の報酬が出るわ」
「それだけあれば、ハンター稼業なんてやめてゲーセンでも作って一生遊んで暮らしたいな」
「ハンターしながらなら良いんじゃない?」
 他人事のようにフタマさんは言って、ロックのウィスキーを口に含む。飴でも舐めるかのように転がして、こくりと嚥下する。そして、アルコール臭い息をつく。
「逆に言うと、ドラゴンを発見できなければあなたは帰ってこれないわ。私の顔に泥を塗るようなことは許さない」
「……そんなでかい奴を見逃すとは思えないけどな」
「噂は噂よ。仮に微生物クラスの小ささだったとしても、絶対に見つけて何かしらの情報を得て戻ってくること。いいわね」
「ああ、構わない。……俺も遂に出世する時が来たのか」
「そうね。思ったより早かったわね」
 フタマさんは共犯者の顔つきになって頷く。「それじゃあ、よろしく頼むわね。ところで、その前に」
「その前に?」
 俺が問い返すと、フタマさんはゆっくりと立ち上がった。
「バンジー、してかない?」
 やれやれ。そのために、わざわざ明日になればわかるはずの情報を伝えてきやがったのか。まぁいいさ、この位のリアリティがちょうど良いんじゃないのか?

 翌日の昼、俺とホーコは五元の塔へ出発した。九時に出勤して、ホーコと一緒に昨日に聞いたのと同じブリーフィングを受ける。ホーコは、俺がホーコと鍬崎くんがどうやって過ごしたのか知らないのと同じように、俺がフタマさんと過ごしていたことを知らないし、任務のことも当日になって初めて知るわけだが、毎回の出動がそんな感じなので特に違和感を抱いていない。むしろ、初めての遠出ということでワクワクし始めたようだ。
「新幹線! 好き!」
 ホーコはそう言いながら新幹線に乗り込んだ。俺もその後に続きながら、
「お前、東京に来た時もそうやってはしゃいでたけど、すぐテンション落ちてたじゃねえか」
「だって思ったより速くなかったんだよ」
「ヒドイな。ありえないくらい速いだろ」
「まあ、走るよりは速い程度かなー」
「そんなエラく評価低いのに、どうしてそんなはしゃいでるんだよ」
 俺がそう訊ねると同時に席を見つけたホーコは、シートに倒れこむように座って、
「椅子が! 好き!」
「そうかい」
 そんな庶民的な回答に適当な相槌を打ちつつ、俺もホーコの隣りに座った。
 そして、俺たちが座るのを待ち構えていたかのように、車両が動き始める。スーッ、と地殻ごとスライドさせるように、風景が動き出す。僕の身体は止まったままで、時速うん百キロをうんやらかんやら、そんな歌詞を思い出す。俺の身体は静止しているはずなのに、でも高速で移動をしている、というおかしさ。でも、やっぱり実際に身体は高速で動いていて実際に疲労が溜まっている、その度合が極端に少ないだけだと考えれば、まあ確かにホーコの言うように乗り物というのは概して「走るより速い程度」のものなのかも知れない。身も蓋もないが。
「ねえ、昨日どこいってたの?」
 ホーコが俺の顔を覗き込みながら、訊いてきた。
「事務所だよ。休日出勤」
「ふうん。そっか」
「そっちはどうだったんだよ」
「鍬崎くん? 映画?」
「どっちも」
「どっちも、つまらなかった」
 冷淡さがぎゅっと詰まったような物言いに、俺はギクリとした。同時に、あの高校生の清潔な印象を思い起こす。
「つまらなかった、ね」
「そう。いい子なんだけどさ。ただ、浮気するほどじゃないんだ。今わの際に思い出したい人じゃない」
「……浮気のつもりだったのかよ」
「どうだろうね。もともと私達は恋人同士でも夫婦でもないし、君の方もそう思ってると思った。けど、やっぱり気分的には浮気、かなあ。目的のほうはもっと真摯だったんだけどなあ」
「目的って?」
「存在の分析」
「……お前」
 俺はホーコの瞳から目を逸らせなくなった。植え付けられた記憶と迎合して生まれたその不安定な人格の上で安定した人格を求めて彷徨し、文字通り俺の武器として肉を裂き血をまとい、たまの休暇に東京の街をぶらぶらと散策する、そんな日々を、俺は勝手に想像した。その気分を、リアルを、想像した。
 俺は前に向き直って、訊いた。
「ずっと訊いて欲しかったのか?」
「うん」
「お前は一体何者なんだ、って」
「そうかも」
 ホーコの方を見ると、彼女は照れ隠しをするように笑った。ピンク色の髪が、風景を隠すように揺れる。細められた眼には、おおよそ武器には似つかわしくない光。愛おしいか愛おしくないか、と問われたら、愛おしいと答えるに決まっている。ただ、分からない。そういう意味では俺とホーコは同じ穴のムジナだ。秘宝であるなしに関係なく。

 新幹線を降りると、一気に懐かしい空気が俺たちを包み込んだ。俺はふと、故郷のエルージャのことを思い出したが、あの新興の街よりも深い場所に、この五元の塔は屹立している。
 改札を出て、駅前のロータリーを突っ切り、適当な道を進んでいく。
「ファンタジーとリアルが拮抗する前は、あんな塔は無かったんだ」
 俺はちょっと首を上に向けるだけで、否応なしに見えてくる五元の塔を指さして言った。ホーコは昔からのクセのような振る舞いで、ピンク色の髪先をいじりながら、
「ねえ、どうしてファンタジーとリアルは拮抗し始めたの?」
「理由なんかない。あるべきように、そうなっただけ……ってフタマさんが言ってた」
「フタマさんって結婚しないのかなあ?」
「本人の前でそれ言うなよマジで」
 五元の塔は高さこそスカイツリーよりは低いが、幅は比べ物にならない。ずんぐりとした筒が、果てなく天へと伸びている。そして、今も伸び続けているらしい。まるきり現代版バベルの塔だが、誰が怒ってアレを崩すのか見ものではある。
 やがて俺達は、このドデカイ建築物のふもとに到着した。入念に裏を取ったので、この辺にドラゴンとやらが生息しているのは間違いない。が、少なくともそんな奴の姿が目につかないという時点で、五元の塔の二倍近くあるだなんていう噂はパチということになる。……ここがリアルなら。
「でも奴の身体が伸縮自在だとすると、相当厄介だな」
「ファンタジーなら、あってもおかしくない設定だね」
 ホーコがごろごろと転がっている岩に棲息するコケを蹴っ飛ばしながら言う。その辺りにあるヤブを突いて出るのはヘビではなくタヌキだし、岩をひっくり返せばいくらでも虫が出てくる。これがファンタジーなのかどうかは知らないが、おおよそ「ドラゴン」という名詞にふさわしい雰囲気とは思えない。
 五元の塔はこの土地を象徴する建築物だが、それをウリに観光客を呼んでいるわけではなく、どちらかというと冒険部員たちが数多く訪れる場所だ。難易度的には相当低い場所になるが、いかんせん立地が悪いので今日みたいな平日にやってくる奴は少ない。休日にやってくると、多数の冒険部員で賑わっていて、全然冒険感がない。それはそれで安全で良いんだが、ファンタジーとして深い場所にあるというのに、人気であるがゆえにリアリティに富むというのは皮肉だ。まあ、最近はドラゴン事情のせいで人出は少ないらしいが。
 だから、高校生くらいの冒険部員らしき人を見つけた時はちょっと驚いた。
「あれ……、もしかして冒険部員ですか?」
 俺が声をかけると、彼はゆっくりと振り向いた。その姿を見て、俺はそんなハズがないとすぐに思い至る。ボレキレみたいな服を着て、しなやかに伸ばした髪を遠慮無く放っておき、何の装備を持たないで(靴すら履いてない)いる奴が冒険部員なはずがない。
「違うよ」
 そいつは声優みたいな、演技しているはずなのに演技には思えない声で、きっぱりと言い返してきた。そして、前髪の隙間から黒い瞳を覗かせて俺を見ると、
「君はハンターかい?」
「何モンだ、お前」
 俺は、先ほど手に滑りこんできたホーコを掴むと、切っ先をその男に向けた。すると、彼は怯んだ様子を見せず、というかもはや笑いを浮かべながら両手を挙げた。
「大丈夫だ、君の敵じゃない。僕は、フタマさんにはお世話になっていてね」
「フタマさんを知ってるのか?」
「知ってる。会ったことはないけどね」
 そう言いながら、その男はコケの生えた岩に腰掛けた。「タバコ持ってる?」
「なんかの映画の真似かよ」
「映画? そんなリアルなもの観ないよ」
 はは、と男は笑った。俺はその表情を見て、学生時代になんとなく笑ってるだけで、あらゆる状況に対処してきた奴がいたのを思い出した。笑うのが上手いか下手かで、人生は大きく違ってくる。それが良いにせよ、悪いにせよ。
「君の名前は?」
 彼は俺のことを見上げて、訊ねてきた。
「細村市実だ」
「僕はドラゴン。よろしく」
「ドラゴン……?」
 こいつが? ネットを始めとして、人々の噂の的になっている、あのドラゴンだって?
 まるきり、人じゃないか。
 ドラゴンと名乗ったそいつは、俺の持っているロングソードの方に目配せして、
「そっちの武器の子は? あ、別に戦う必要は無いから元に戻っていいよ」
「……」
 ホーコは無言で変身を解いて横に立った。若干、俺の身体に隠れるようにして。
 なので、俺が代わりに名前を教えてやる。
「宝子だよ。俺の引き継いだ秘宝だ」
「いいなあ、僕が両親から引き継いだのは、この身体だけさ」
 ドラゴンは、自分の胸辺りに触れて、自嘲気味に言った。本来は俺だってそうだったはずだが──なんだか、ホーコと出会う以前の自分が、すっかり他人のように感じられた。ホーコと出会う前、どんな風に過ごしてきたのか思い出せない。だとするとホーコは、俺にとって第二の身体のようなものなんじゃないかと思われた。親から引き継がれた、もうひとつの身体。
 ……それなら、愛おしいと思いつつも、その先がわからないのも無理は無い。自分の身体が好きかどうかなんて、ラディカルに分かる奴なんているのだろうか。
「東京からドラゴンの調査にやってきた。お前は一体何者なんだ」
 俺がそう質問をすると、、ドラゴンは首を傾げた。
「主体、さ」
「なんの」
「ドラゴンという主体」
「哲学の講義を受けに来たんじゃないんだが」
「そうとしか言いようがない。或いは機構と言おうかなあ。僕はリアルを見据えている、リアルを睨みつけている、リアルを眺めている。たったそれだけの存在さ。そこから情報を生み出し、人々をあくせくさせる。例えば、君がすがってきた噂話、あれは僕の視線を感じ取った人々のファンタジーなんだ」
 ……俺はドラゴンのいうことをなるべく一言一句メモに取って、それから訊く。
「仮にそうだとして……何が目的なんだ」
「『拮抗』さ。五元の塔は拮抗を養分に成長していく。神の時代は過ぎた。神はいつだって生きては現れない。人々が調和の中を生きるには、猛烈な象徴を打ち立てる必要があるのさ」
 そう言って、ドラゴンは五元の塔を見つめる。俺もつられて、その大きな塔を見上げた。首を限界まで傾ければてっぺんが見えるが、そうまでする気はおきない。
「最近になって東京の人間たちが僕の『視線』を感じるようになったのは、こいつがそれなりの高さにまで成長したからさ。今までずっと見られていたのも知らなかったから、その分慌てているってワケ」
「破壊光線を吐くとかいう噂があるが?」
「まあ、吐かないこともない。実際に吐くことはないけど、吐いただけの『結果』を提示することはできる」
「……何者なんだ、お前は」
「意思だよ。よくわからないけどね。人間に意思があるなら、世界に意思があっても良いだろ? それと同じカテゴリに入る存在と思ってくれればいい」
「これからどうするつもりだ」
「どうもしない。この塔を育てていくつもりさ。まあ、当面はスカイツリーを目標に。634m」
 その時、俺の腕をぎゅっと、ホーコが握った。俺が驚いて振り返ると、そこにはホーコの怯えに満ちた瞳があり、細かく首を横に振っていた。
 そして、震える唇で言う。
「殺そう……」
「え?」
 意味は分かったが、何を言っているのか分からなかった。
 俺の意表を突かれた顔に向けて、ホーコはもう一度、言う。
「殺すの、こいつを!」
「……おい、お前」
「可能ならば殺害する、って、フタマさんに言われたでしょ! だから、殺すの……はやく!」
 ホーコは叫ぶようにそう言い、俺の手の内に潜り込んできた。彼女は一瞬朦朧とした姿を取った後、その身を槍へと変える。ホーコが槍になるなんて、初めて見た。というか、なれたのか。いや、なってしまった、というのが正しいか。
 槍となったホーコは、俺を尋常じゃない力で引っ張った。その引力に俺はバランスを持って行かれて、ずっこけるようにして腕を前に突き出す。その刃はまっすぐに、ドラゴンの左胸へと、その心臓へと差し出された。
「宝子!」
 俺が彼女を呼ぶと同時に、握った柄に手応えが伝わる。
 同時に、ガキン、と甲高い音が鳴って、ホーコは弾き返された。当のドラゴンはどこ吹く風で、突かれた部分の服が破けている以外、さっきと変わらぬ姿勢で岩に座り込んでいる。まるで石を突いたような、およそ人間を突いたとは思えない感触だった。
「残念。僕はあの塔から派遣された一つの似姿なんだよね」
「どういうこと?」
 ホーコが切羽詰まったように訊ねる。
「僕は一人の人間の姿をしてるけどさ、これは陳腐な言い方をすれば仮の姿というべきものでさ。僕の身体なんて意志に比べりゃ、末葉のうちの葉緑素みたいなもので、僕はドラゴンって名乗ったけど、それは人間が自分の属する企業の名前を自分の名前代わりに言うようなものなんだ」
「おい、ってことは」
 俺は横目で、あの、高くずんぐりと聳える塔を見て、「ドラゴンっていうのは、あの五元の塔のことを言うのかよ」
「いや、アレは本社ビルみたいなもんでさ。うーん、難しいな。まあ、殺したいのなら殺しても結構だけど……まずはツルハシになるところから始めたら?」
 ドラゴンは特に嫌味も皮肉もなく純粋に言ったようだが、故に嫌味も皮肉も倍増というわけで、ホーコは俺の手の内で震えだした。
「んんん……!」
 それから、何度もドラゴンを殴った。殴ったのは俺だが、やったのはホーコだ。もはや槍はただの棒としてしか機能せず、破壊できないドラゴンの肉体を打擲し続けた。ドラゴンは何も言わずに黙って、襲撃者である俺達を見つめていた。その眼差しに当てられて、俺は噂話をかき集めていた先週のことを思い出す。溢れる無数の噂、乱立するドラゴン像。政府から回ってきた調査依頼。
 ……過程はともかく、結果として。
 何かが起こっても、何もなかったかのように口を閉ざし。
 何も起こらなくても、何かが起こったかのように噂され。
 いずれにせよ、ドラゴンという奴がしたことといえば、「みる」ということだけ──。
 そんな奴を殺して、何が解決するんだ。何も起こらないじゃないか。
「宝子……宝子、もうやめろ!」
 俺は荒ぶるホーコを抑えた。刃先を下に向けようとしたが、なかなか言うことを聞かない。それでも持ち主は俺だ、力づくで下へ下へ、押し込めていく。じきに槍の切っ先はドラゴンに届かなくなり、じたばたと虚空に意味のない文字を刻みつけるようになる。
「何でよ! 止めないで!」
 ホーコが吠えた。今度は槍が左右に身動ぎし始める。
「バカかよ、そんなことしても意味ねえってのに!」
「意味なんて要らないわ! こんな奴……殺すのに意味なんて要らない!」
「宝子!」
 俺は手を離した。カラン、と甲高い音を立てて槍が、ホーコが地面に落ちる。のたうち回るように彼女は土の上を転がっていき、やがて意気消沈するように落ち着いていく。
 そのままズズズ、と二歩ほどドラゴンの方へ進んだかと思うと、止まった。じきにさめざめとした泣き声が、槍全身から漏れてきた。
「泣いちゃった」
 ドラゴンが俺に向けて言った。穂先に傷つけられて服をボロボロにされているコイツの方がよっぽど泣いた方が良さそうなものだが。
 俺はできるだけ事務的な表情を作って言った。
「俺は政府から委託されて調査に来たんだ。ある程度報告をしなくちゃいけないが、どうするつもりなんだ」
「何でそんなことを訊くんだい?」
「政府が軍隊を率いて五元の塔を破壊しに来ても知らないぞ、ってことだ」
「まぁ、別にいいさ。人が現実に生きようとする限り、僕達は無くならない。いつだって見ているんだからね」
 そう言って、ドラゴンは朗らかに笑った。分かる、俺はホーコの気持ちが、その笑顔をぶち壊してやりたいと思う気持ちが──でも、それではいけない。そんなやつには、かないっこないんだ。どれだけ刃を立てて、殴りつけたところで、それは奴にとってマッサージにすらならない。むしろそれは「世界に存在したい」と、ドラゴンに向けて必死にアピールしていることに他ならない。そしてその感情は、どこまでもコイツの糧になる。五元の塔は破壊されても、必ず蘇るだろう。
「……『ドラゴン』との接触には成功。対象は敵対意識は無いと言明、調査員もそれを認める。仮に、『ドラゴン』による大規模攻撃が加えられたら五元の塔に核を落とすなりして破壊すれば、相手は手も足も出なくなる模様。こうやって報告する」
「別に気を使ってくれなくてもいいのに」
「これで二億もらえるなら儲けモンだ。なにせ、国民の税金をもらってやってるからな」
 そう言いながら俺はホーコを拾い上げて、ドラゴンに向けて手を振る。もうここには用は無い。
「もう帰るんだ」
「ああ。暇ができたらまた来る」
「うん、おいでよ。また僕が相手できるかわからないけど」
 どこまでも余裕なヤツだった。それはまあ、そうだ。ここはドラゴンの掌の上であって、どこまで行ってもそこに俺達の意思というものは無い。俺が、ここから立ち去ろうと思ったことですら、俺の意思ではないだろう。もしかしたら、ホーコがドラゴンを殺そうとしたことすらも。
 この現象は……ファンタジーの特権なのだろうか。いや、リアルの特権でもあるだろう。
 俺達はいつだって、その狭間でしか生きることが許されない。拮抗の間に挟まれて、波にのまれるように生きるしかない。そうである以上、人は決してユートピアに辿りつけないだろう。血肉尽き果てるまで、幻想と現実の狭間で生き続けるしか無いんだ。
「そうそう、最後にひとつだけ」
 ドラゴンは立ち去ろうとする俺の背中へ、独り言みたいに言った。
「僕は『ドラゴン』なんてろくでもない名前をもらったから、君たちは僕の視線を感じることができるようになったんだよ。そうなると、やっぱり名前って大事だよね」
 僕も欲しかったなあ、と喜劇俳優みたいに呟く。
 帰りの新幹線中、というか事務所に戻るまで、ホーコは武器の姿から元に戻ることはなかった。流石に槍だと目立つと思ったからか、短剣となって俺のポケットに収まり続けていた。こういってはなんだが、お陰で新幹線代が一人分浮いた。決して嬉しくはない。

 事務所に顔を出して、フタマさんに明日中に報告書を出す旨を伝えた。鍬崎くんは俺に「お疲れ様でした」と言いつつ、目でホーコを探していた。ホーコは俺にぶら下がってるよ、ひどく小さくなってさ。もちろん、そんなこと言わなかったが。
 自室に戻って、俺はベッドの上にホーコを置いた。今まで必要なかったから言及しなかったが、一応後継者と秘宝という密な関係だから、同じ部屋で暮らしている。で、先述したように交わる回数は圧倒的に減った。
「宝子」
 彼女はずっと泣いていた。
 俺が風呂を済ませて出てきた時には、流石にもう人の姿に戻っていたものの、相変わらずベッドに突っ伏して泣いていた。
 正直なんと声をかければ良いのか分からなかった。ああするしかなかったとはいえ、ホーコを無理に止めたのは自分だ。まだ、ドラゴン自身でホーコを無力化してくれれば良かったが、そうしないであいつは黙ってホーコの切っ先を受けていた。今にして思えばあれは罠であって、それにまんまと引っかかってあの場の空気を家にまで持ち帰ってきてしまったわけだが。
「宝子……」
 俺はもう一度呼びかけて、彼女の傍らに腰掛ける。臥して嗚咽を漏らす彼女の、桃色の髪の毛にそっと触れる。
 と、指先にしびれるような感覚が走り、俺は咄嗟に手を離した。見ると、指先から血が流れ出で、掌に向けて転がっていく。俺は痛みも忘れて、呆然とホーコの方へ視線を向けた。ホーコも何か異変に気がついたのか顔をはたとあげて、涙で濡れた面を見せた。それから、生まれて初めて人というものに出会ったような、虚ろな表情を浮かべて、俺の頬へ、ゆっくりと指を伸ばしてくる。
 顔が、引きつった。
 頬が、熱くなった。
 ホーコが手を引っ込める。俺は頬に触れる。ぬるりとした感触に驚いて手を離すと、指先が真っ赤に染まっている。
「そんな……」
 ホーコの瞳が緩む。それから、止めどなく涙が流れ始める。
 俺はすぐさま抱きすくめたかった。でも、それはできなかった。そんなことをしたら……俺は血だるまになってしまう。俺はそれでも構わなかったが、いや、ちょっとは構うが、それよりもホーコに俺を殺させるというのがダメだった。
 ホーコがぎゅっと、ベッドのシーツを掴む。シワが伸びるだけで、ずたずたになったりしない。それがもどかしいと言わんばかりに、握る手はどんどん強くなり、震えていく。
「……私」
「……どうしたんだよ」
「わからない……、でも、あいつはヤバイって、なんか、思っちゃったの……、潰さなきゃ、潰さなきゃって……」
 怖かったの。
 小さく呟く彼女は、とても人を傷つける武器には見えなかった。俺は、もう一度彼女に触れてみたい衝動に駆られたが、抑える。痛みを恐れるとかいう、本能的な抑制ではなく、もっと、人間的な抑制が働いて。
「ドラゴンは何も俺達から奪わない。あいつは見ているだけだ」
「そうなんだよね。今となっては、そうなんだ、って思える。そうなの……私達、見られてるだけなの……」
 だから、怖いの。「見ないで欲しい。見ないで欲しい」
 ホーコは桃色の髪を、しきりに指で梳く。刃物の指が通る度に、その派手な色合いの毛があどけなく揺れる。
 そして、小さな声で言った。
「ねえ、私、名前が欲しい」
「え?」
「お墓に刻めるような名前が欲しいの。ホーコじゃなくて。ううん、ホーコでも良いんだよ……この名称が私と君を伝統として結びつけているから……でも……、それだと私はドラゴンの眼差しに耐えられない。あの視線に耐えられるだけの、名前が欲しい……」
 俺はそこで、初めてホーコという名が、いや、ホーコという響きが、俺とホーコの関係を必然としていたことを知った。俺がホーコと呼ぶ限り、また彼女が応える限り、俺達の関係性は保証される。秘宝とその後継者。いつのまにか押し付けられたこの関係は、それはそれは居心地の良いものだった。とても。愉楽だった。
 それなのに、違う名前を求める、ということ、は。
「俺と別れたいってことか」
「君は、少なくとも変わらない。私は変わってしまうけど……それを別れと呼ぶかは分からない」
「──」
 俺は黙りこくってしまった。俺はどうすればいいんだ。真剣な映画とかなら、俺はいま、ここにいる彼女に抱かれることを選ぶんじゃないかと思う。アイアンメイデンよろしく、刃と化した身体に抱かれながら、俺は愉楽のまま死んでいく。血だるまが美しくなる筈はないが、絵にはなるんじゃないだろうか。知らない。あとホーコは処女ではないから、この比喩は適切なのかどうかも、知らない。
 名前。ドラゴンは名前をもらったがために、その存在感を顕すことができた。そうして、奴はいまもせっせと塔を養っている。ホーコは名前を持たぬ存在だったから、あいつに対して手も足も出なかったのか。耐えられない、落ち着かない、そわそわする、ためらう、振り向く、焦る、しかし動けない、また振り向く、恐怖を感じる。最終的には、徹底的に抗すべき対象として、とにかく眼前のソイツという現象に立ち向かおうとした。
 そんなのは。ダメだ。
 くだらない感傷じゃない、ホーコという一つの魂のために。
「宝子」
 武器としてじゃない、一人の魂のために、名前を与えなければ。
 俺はホーコの顔ギリギリまで自分の鼻を近づけ、言った。
「俺の名前をやるよ」
「……」
「お前の名前は細村市。ホソムライチだ。俺はこれから、細村実として生きる。俺は、ホソムラマコト、お前は、ホソムライチだ。……これでいいな?」
「え……」
「二人で変わればいいんだよ。そうすれば少なくとも別れはない……出会いはあってもな」
 なんだか言ってる間に恥ずかしくなって、俺は市から目を逸らしてしまった。どうして自分の名前も分けるだなんて発想に至ってしまったんだ、普通に一つの名前をつけてやれば良かったじゃないか。でも、それじゃあ、なんとなく嫌だった。俺は確かにこいつを愛おしく思っている。それが真実かどうかはともかく、これは、俺の愛おしさのひとつの表現だった。
「それって」
 市は息を呑んで、言った。
「結婚するってこと?」
「……ええっと」
 俺はたじろいだ。いや確かに苗字は同じになるけど、それで即ち結婚するということになるのか? ああ、まあ、なるか。いやでも妹という線もあるし、同姓とかザラにいるからその辺はなんとも……。
「ふふ、冗談」
 困惑する俺に、市は嬉しそうにそう告げて、小さく笑った。
「細村市。確かに、今から私は、市になったんだね」
「あ、ああ。今のところ、俺とお前の間だけだけどな」
 そう言いながら、俺は市の手を取ってみた。気取られないように取ってみたので、市はびっくりしたように俺の手を見、それから俺の顔を見た。
 市の手は俺を傷つけなかった。秘宝でもなんでもない彼女は、彼女でしか無いのだから。
 きちんと繋がれた手を認めた瞬間、バネで飛び跳ねるように市は俺に抱きついてきた。俺も喜んでそれを迎えてやった。桃色に輝く髪の上から頭を撫で、同じ色の唇に口をつける。
 よくわからない。好きか、好きでないかなんて。
 ただ、今持っている愛おしいという気持ちを道標に、どちらか知るために生きていくのも、いいように思えた。

 俺が調査結果を報告してからも、ドラゴンに関する話題は一向に消える様子はなく、むしろ一層強くなっていった。五元の塔は高さを増しつつある。でも、そんなことは最早、どうでもいいことだった。リアルとかファンタジーとかいうフ要素も、俺達にとっては舞台照明でしかなく、その色合いに身を委ねて立ち振る舞うことに何の障害は存在しない。
 市は髪を黒く染めた。ピンク色の髪だったほうが人工物のようだったのに、黒色に染めてみたところ、人工的に色を変えたというのに、こちらのほうが自然な感じがして変だった。
「変じゃないかな」
 と、訊かれたので、そう答えたら彼女はころころと笑った。
 市と名前を得たことで、もう彼女は武器になることができなくなった。
「だから、ハンターはもうやめます」
「そう」
 フタマさんは膝の上に子どもドラゴンを載せて片方の手で撫でながら、もう片方の手で俺の辞表を受け取った。
「仕方ないわね。ドラゴンがそんな奴だなんて知らなかったんだもの」
「でもあいつはフタマさんのことを知ってましたよ」
「まぁね。私もある意味、ドラゴンの一員みたいなものだから……」
 ドラゴン調査の報酬として得た二億一千万円のうち、三千万円を退職金として受け取った。俺たちで一億単位の金をもらったところで、どうせまた税金に戻っていくのが関の山だろうから、フタマさんの資本として役立てたほうがまだ良い。そんな具合だった。
 鍬崎くんは市が髪を黒くしてしまったことにがっかりしていた。
「ああいう、常識破りな感じが好きだったんですよね」
 常識を破られたいという倒錯的な欲求。市はごめんね、と笑いながら言った。それから、子どものドラゴンに最後の餌付けをして、俺達は事務所から去った。
「私、東京に来てから君の事が好きなのかそうじゃないのか、分からなくなったんだ」
 明治通りをぶらぶらしながら、市が言った。黒い髪に、白いワンピース。最早誰だか分かりゃしないが、それでも俺はこいつが宝子であり市であるという連続性を疑わない。そういう狭間で、生きている。ファンタジーとリアルの狭間、としか言いようのない、無限の広がりのうちで。
「でも今もやっぱり分からない。好きとか嫌いとか。でも、そういうものだよね。こんなに一緒に居たいのにさ」
「またいつか、俺が居ても居なくてもいい時が来るのかも知れない」
「そうかもね。その時が楽しみでもあるかも」
 市は俺の方を向いて、にっこりと笑う。「また君と会えるからね」



 攻撃するということ。
 僕達が攻撃したと思っていること、或いは、ありとあらゆる、自発的で積極的な行為というものについて。
 そのみっともない姿を嘲笑い、且つ見守る眼差しがあるということについて。眼差しを感じるということは、即ち自らも眼差しを向けているということに他ならない、が、そのことにも気がつかないでいる。
 自分で書いたもののクセに、とても不穏な小説だなあ、と思っています。結局のところ、ここからしか出発することができないんだということを、最後になって突きつけられるような、諦めにも似た何かを感じる。とても後ろ向きな小説です。
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  1. 2015/06/25(木) 21:06:25|
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可児 珊士

Author:可児 珊士
大学生。
元音楽(合唱)部員。旧BASS。
ギターが欲しい年頃。
作家志望。
本陣:埼玉
カラオケ行くと声的な意味で別人化。

アイコンは柊氏より頂きましたΣd(゚∀゚d)

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