弐つの遊戯卓

【五年目】 毎日頑張ってやりくりしていきてます。物書き、音ゲーと合唱やってます。最近DTMとか始めました

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読みたかったら読んでくれ。


2010年2月21日の記事

かくいう悩みっていうのは、部活のことで。
あくまで現在は助っ人だからなー、っていうアレ。
正直、ここまで時間をガリッガリに削られるとは思ってなかったよ。最近、また本読むようになってきて、色々とヤヴァイ、特に将来的に逼迫されてるのがヤバイ。
キアイ的な問題だとか、コンジョウ的な問題があるかも知れないが……、んむぅ、これはガチな悩み。
人は、続けろよー、だとか、それならさっぱりをやめちまえー、だとか言うかも知れん。もともと二つ返事で入ったトコだし、真剣に話を持ち出せば、誰も難しい顔をしないわけが無いだろうが、まぁ納得はされると信じてる。
けど、甘えだよなー、と口が酸っぱくなる。
まぁ、それこそ、結局去るなら尾っぽをずるずると引き摺って立ち去るよりかは、トカゲが如く、ばっちり自分の足跡を残して去るほうがケジメがつくんだが。
いつしか、七年で決着をつけるっていったけど、もう一年経っちまった。一年前の俺の妄想じゃ、今頃俺はとっくにデビューを果たしてる時期なんだがなー。
やっぱり、足りなさ過ぎだ、覚悟が。覚悟だよ、覚悟、物事全て。腹どころか、命まで据えられてるんだよ。
彼らは彼らで、命を掛けていると言ってたけど、俺は正直なところ正直だったよ。綺麗事に聞こえちまったよ。
それこそ甘えなんだけどね。去年の俺はどこいったんだか。
でも、今の俺なら文芸にはらわたをくれてやると豪語できるね。経験っていうものは、論理だとか実践をはるかに上回る学なんだよ。それを持った俺なら、もう、そりゃもう、足場がぬかるんでても跳べる筈。
でも一年は長すぎた。
ゲーム上の一年と、現実の一年はいくらなんでも価値が違いすぎる。石ころと人の命並に重みが違う。
結局愚痴なんだよね。まさしく逆境。自主性が無いのは、恐ろしくて恐ろしい。
でも、自主性ならとっくについた筈だ、この一ヶ月で……。
考えれば考えるほど、この部に存続する理由が消えていくんだな、これが……。
合理化してるのを分かってるっていうのが、一番辛い。欲求なんだよ。人は余裕があるほど優しくなれるっていう言葉を聞いて、酷く衝撃を受けたよ。なるほどね。
自分のことしか考えてない、ね。
自分のしたいことが初めて叶って、人に優しく出来る……ってねぇ。
クソ重い。どんな形であれ、見捨てることになるんだからな。

考えが纏まらん。
生まれてこの方、相談なんて一度もしたことなかったからなー。



二月二十一日といえば、まだ俺が音楽部に入って一ヵ月半の後半、即ち、まだ熱狂的なポテンシャルを、もろに見せ付けられて動揺していた時期だろう。そして、彼女と初めて顔を合わせた付近でもある。
今は、めっちゃ余裕ぶっこいて、後輩の脇に手を突っ込んだり、先輩に「え?」って連呼したり、同輩に「え?」って顔されたり、全く尾びれ残さず溶け込んでいるんだが、それを半年前の俺は全く想像してなかったわけだな。
もう八月。もう半年か。
思えば、このブログももう既に初めて二年経った。
一回閉じようかと思ったけど、なぜか面倒で続けてるんだよな。面倒だから続けるっていうのが、よく分からんけど。
しかし、俺の文章が思ったよりかは纏まってて、驚いたもんだ。当時の、妙な下手な哲学的散文に、読者が目を痛ますんじゃないかと懸念して、最近はあっさり思考を志していたんだが──、疲れた疲れた言っておいて、がっつり書いてる俺ってなんなん。

まぁ、俺も悩んでたんだな。でも、今は悩んでない。
月日は全ての傷を癒合するって、漱石さん言ってたけど、全くもってその通りだよね。
あれだけふてぶてライフを送ってた俺が、あっさりとこんなリア充と化したのも、そんな月日の所為だって思いたいよ。
でも、その一歩がめちゃくちゃ重かったりするんだよね。怖い。火傷したり落下したりするのが、怖いんだ。
でも、俺はあっさりと踏み込んだ。それは、まぁ舐めてたっていうのもあったかも知れないが、それでも人の手に引っ張られてたからかね。
一歩を踏み出さなかったくせに、人に押されると全く抵抗しないっていう。
だから、こんな怏々とした、つかみ所が無くて、かき回すには硬すぎる悩みを、光の無い部屋で抱えることになったんだな。
自分の意思が果たしてあったのかどうか、っていう根本を問いて。
それは責任の押し付けでしかないんだな。
今、全く、こんな記事みたいな想いが無いのは、単に運が良かったに過ぎないんだよな。よく考えると。
もしかしたら、俺をこの世界に踏み入れさせた彼を、俺は恨んでるかもしれない。怨みながら、張り付いた笑顔で、毎日過ごしているのかもしれない。
果てしなく怖い。俺は平気でやりそうなヤツだからな。
しかしそうではなかったのは、周りが新鮮だったからっていうのと……、

明日は大会だが。
実は体調がよろしくない。
さっきはホントに気分が悪くなったんで、昼寝したらある程度良くなった。
明日は、ぶっ倒れるかもしれないが、それはやり遂げた後だ。
まぁ、俺のことだから、そんなことは無いだろうと信じているがね。
そして、仮にそんなことが起きても、俺は放置されることは無いとも信じてる。

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  1. 2010/08/01(日) 21:07:49|
  2. 尋常の日記・雑記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3
<<タイトルなし | ホーム | タイトルなし>>

コメント

僕の見てきた文章のくせの中で、あなたのが一番僕は好きです。



兼部って、難しいですよね。というか、いくつものことをこなすのが難しいというのか。
コツをつかめば、いくつもの事柄で実力を発揮、もとい多才となれるはずなのですが、教えてあげたい気持ちは山々でも僕はそれを存じません。
それにというかなんというか、いくつものことをやる人を人が器用貧乏といいけなすように、やっぱり一つのことで突き抜けた人のほうがカッコいい気がしますものね。


うちの学校の先生は口をそろえて、「部活は趣味でやるもの」と言っております。
趣味とは何かからの逃避とも取れますし、そう考えた場合それは甘えとなるのではないでしょうか。
まぁ、それに命をかけているならば、それは生きざまへと昇華されるようにも思えますが。


まとまりのないよくわからない文章ですみません。
  1. 2010/08/01(日) 23:13:13 |
  2. URL |
  3. 柊 #vs0NW1Qw
  4. [ 編集]

Re: タイトルなし

最初にいうと、うちの学校は部活の方に主軸がいってるようです。そうでなくても、文化祭だとか体育祭はやたら気合が入ってたりするもんです。まぁ、そのあたりの差異かもしれませんが。
部活って、別に一人でやるぶんにゃ趣味の範疇として捉えてもいいかもしれませんが、そういう志をもった連中が集まるから、趣味的活動がやりやすくなってるわけです。
そんでもって、うちの文芸部っていうのは、あくまで個人です。別に、いてもいなくても同義、言い方は悪いですが単に人手が足りない程度の騒ぎでした。
でも、野球だとかサッカーだとかの集団競技、もとい、吹奏楽とか合唱って言うのは、集団です。あからさまに、学生個人でやる趣味とはまた違う、個々に課された責任は具体的で、また、その中で映える自分も、ある種の快感を伴ってます。
これこそ部活なんですよねー、趣味だなんて言い切るのは、いくらなんでも頭が堅過ぎる。
そこに生じる障害は、勝手に月日が解決して、それは経験となって、将来に生きる。
まー、それを理解して、上手い按配を保っていれば、別に命を懸けずとも、ステキな青春なんて簡単に手に入ると思いますがね。その一歩が、涙が滲むほど重い訳ですがね。

で、その記事は、その生涯にぶち当たった一部始終。
今は、上手い具合に兼部してますから、心配無用。
  1. 2010/08/02(月) 21:09:03 |
  2. URL |
  3. かにしと #-
  4. [ 編集]

流石です。
  1. 2010/08/02(月) 23:31:35 |
  2. URL |
  3. 柊 #vs0NW1Qw
  4. [ 編集]

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プロフィール

可児 珊士

Author:可児 珊士
大学生。
元音楽(合唱)部員。旧BASS。
ギターが欲しい年頃。
作家志望。
本陣:埼玉
カラオケ行くと声的な意味で別人化。

アイコンは柊氏より頂きましたΣd(゚∀゚d)

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